僧侶を目指して大学で仏教学を専攻していたとき、日本密教学会が高野山大学であり、出席しました。初めて見た奥の院の多くの五輪塔はじめ墓石群には、大変な異様さを感じました。その後キリスト者・牧師になり、2013年には高野山の宿坊において講演依頼を受け、「空海と景教」との題で話す機会があり、宿坊の方から空海はキリスト教・景教の影響があると聞いて驚きました。またその秋に香川県善通寺市の四国学院大学を会場に「空海と聖書」の題で善通寺の住職らとシンポジウムや講演会をした際、空海は中国に行き様々な教えを取り入れ、景教もその一つであると聞いて納得しました。
真言密教の教主・大日如来と聖書の創造主
空海は別名、弘法大師と呼ばれていますが、この名称はこの世を去って後、時の天皇から受けたもので、本人の知らないことです。自身は、灌頂(かんじょう)の際に花を投げて二度とも大日如来図の上に落ち、縁を結んだことから、「遍照金剛(へんじょうこんごう)」と号しました。意味は、闇を除き遍(あまね)く照らす光、命を育て永遠に堅固であるとのことです。
この大日如来について、大日経(だいにちきょう)では次のように述べています。
「私(大日如来)は全て存在しているものの根源的最初であり、世の人々のよりどころである。悟りの教えを説けば、比べるものなく優れ、私より上のものはいない」とあり、旧約聖書イザヤ書44章6、7節の「イスラエルの王である主、これを贖(あがな)う方、万軍の主はこう仰せられる。『わたしは初めであり、わたしは終わりである。わたしのほかに神はない。わたしが永遠の民を起こしたときから、だれが、わたしのように宣言して、これを告げることができたか。これをわたしの前で並べたててみよ。彼らに未来の事、来たるべき事を告げさせてみよ』」、同45章5節の「わたしが主である。ほかにはいない。わたしのほかに神はいない。あなたはわたしを知らないが、わたしはあなたに力を帯びさせる」に内容は似ているかのようです。しかし、聖書の神は、時代を超えて啓示と救いと歴史を支配される神で、人類の歴史に現れて現在と未来を伝え、民族や信仰者に啓明(けいめい)している点で大きく違います。大日経は歴史性が少なく、そのような句も多くはありません。
空海の大日如来との一体とキリスト者の神との交わり
空海は奈良仏教で学び、何とか救われたいと願って修行していました。大日経は、奈良時代の737年に日本に伝来し、空海は唐に行く前の22歳の頃、これらを読んで密教に目が開かれました。そのために入唐し、青竜寺の恵果から灌頂の儀式を授かり、教主・大日如来と結縁、即身成仏して一体となり、彼はこの上もない歓喜を受けました。この一体の意味とは、どのようなものなのでしょうか。
新約聖書のガラテヤ書2章20節「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです」のキリストとの一体感や、イエスが父に祈られた弟子たちとの一体、弟子たち同士がキリストの体と聖霊において一つであること(ヨハネ17:21~23)の意味合いとは違います。聖書の一体感とは、溶け合うのではなく、神と人とが人格的に区別されつつも、互いのうちに命や愛や救いを共有していることを意味しています。それは神が三位一体だからで、信仰者は聖霊の働きと御言葉により、神を父と呼び、親しく交わり、あるいは十字架上での贖罪愛や復活によって示された永遠の命をも共有することができるゆえに、このように告白します(エペソ2:14~18)。ヨハネは手紙で、「私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです」(Ⅰヨハネ1:3)と歓喜の心で記しました。
しかし密教には三位一体がなく、三身一体で大日如来を法身仏と呼び、歴史に現れない仏で、人が三密行の自己修行により即身成仏になると言われます。汎神論的宗教の究極目的は、神との合一で、人が神になることです(本当は、人は被造物であり、罪人ですから神にはなれません)。
一般的に仏教では、人が仏にならなければ死後、恐ろしい地獄や餓鬼などの六道輪廻の世界をさまよわなければなりません。修行者・空海にとって、奈良仏教では得られなかった「大日経・金剛頂経」の即身成仏の教えは、福音ではなかったかと思います。だから唐に渡り、この教えを求めました。
その後、空海は多くの伝説を残しました。高貴な方の前で即身成仏の証拠を見せよと問い掛けられ、金色に輝いたとあり、高野山金剛峯寺本堂の柱などが金色であるのもそれによります。真言密教は、空海を生き仏として拝んでいますが、彼に続いて仏となった人物が多く出現していないのは、なぜなのでしょうか。
最後に、16世紀のイエズス会日本年報の一部を紹介します(拙著『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』より)。
「16世紀のイエズス会宣教師たちは、高野山と空海について次のように書いている。『共和国の一つは高野と称し、坊主4500人が同所に居住し、同所には女子も家畜も一切入れず、諸宗派中最も嫌悪すべきものである。約700年前、悪魔の子にして、シナより初めてこの醜悪なる教えを将来せし人を、生きながら同所に埋葬した。生きながら埋めた時、彼は眠りに就き、その後数千年を経て弥勒菩薩と称する他の仏と共に再び来って、世界を再建するであろうと言った。この人は弘法大師と称す』(イエズス会日本年報下、114頁)と」
※ 参考文献
1. 『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(改訂新装版、2014年、イーグレープ)
2. 『高野山真言宗檀信徒必携』(1988年、高野山真言宗教学部)
3. 『新国訳大蔵経「大日経」』(1998年、大蔵出版)、『新国訳大蔵経「金剛頂経・理趣経他」』(2004年、大蔵出版)
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川口一彦(かわぐち・かずひこ)
1951年、三重県松阪市に生まれる。現在、愛知福音キリスト教会牧師。日本景教研究会代表、国際景教研究会(本部、韓国水原)日本代表。基督教教育学博士。愛知書写書道教育学院院長(21歳で師範取得、同年・中日書道展特選)として書も教えている。書道団体の東海聖句書道会会員、同・以文会監事。各地で景教セミナーや漢字で聖書を解き明かすセミナーを開催。
著書に「景教-東回りの古代キリスト教・景教とその波及-」改訂新装版(2014年)、「仏教からクリスチャンへ」「一から始める筆ペン練習帳」(共にイーグレープ発行)、「漢字と聖書と福音」「景教のたどった道」(韓国語版)ほかがある。最近は聖句書展や拓本展も開催。
【外部リンク】HP::景教(東周りのキリスト教)