多くの宗教(団体)は何らかのシンボルマークを作り、それを見ればどの教えの宗教団体か分かります。古代から今日まで正統的キリスト教では神の救いの贖罪愛を示した十字をシンボルにしています。真言宗のシンボルは、いくつかある中で五輪塔がその一つです。
空海の教えの背景の一つ
写真は、多くの人が墓地で目にする五輪塔ですが、5個の石には下から梵語(ぼんご)で「ア(地)・ヴィ(水)・ラ(火)・ウン(風)・ケン(空)」と彫られ、大日如来を意味します。五輪塔はインドや中国、朝鮮半島では見られません。五大の教えは、空海が中国からもたらし、日本の各地で平安時代中期から普及しました。墓石のほかに同じ形の紙や薄い木の板状のものもあります。
640年頃に景教徒が書いた『一神論』には地・水・火・風・神力、神識とあり、五輪塔と似ています(※注)。空海の『即身成仏義』にも同様の文字が書かれてあります。
密教では、五個は五大といい、大日如来、灌頂(かんじょう)の仕方、即身成仏など7世紀中頃に書かれた『大日経』(7巻)や『金剛頂経』(3巻)に書かれています(大日経などは敦煌やその近辺には伝わっていません)。これらの経典には、地上において即身成仏やこの世に仏国土をつくることが書かれています。空海は『即身成仏義』で、五大に識を加えて六大とし、各々には命があるとの世界観を説きました。
しかしこの五大は密教経典から発したものではありません(五大や六大の世界観については4世紀の中国で書かれた仏教経典『俱舎論』の中に説かれています)。
景教徒たちが640年代頃に著した『一神論』(敦煌で発見)の中には、地水火風は神の力の作で、その上に神識(神の意志・御心)の存在を伝え、神が宇宙を創造し、創造された上には神の御心・意思があることを教えました(図の漢文を参照)。
この『一神論』は、無神論の社会でキリスト教弁詳論として当時の宗教や社会で使われていた文言を用いて書いていたことから、景教徒独自の発想でもありません。この地・水・火・風の四元素は、紀元前のギリシャのアリストテレスも説き、古代インドでも説かれ、密教独自のものでもないことが分かります。
空海は『即身成仏義』で、大日経が説く識を加えた六大説から真実を悟り知ったと述べています。密教の識と景教の神識とが似ていることから、景教からの影響があったのかと考えます。
大日の日の梵語名はビルシャナで太陽を意味し、大を加えると太陽を超越し闇を除く大きな光の大日となります(華厳経では奈良の大仏がそれに当たります)。
聖書では義の太陽(マラキ4:2)、神は光で闇がなく、しかし神は光も闇も造り出す方と教えている(イザヤ45:7)のに対峙しています。また大日如来は真理を語る真言といわれますが、聖書では、神は権威ある御言葉で万物を創造し、言葉は神とも教えています。ところが大日如来は非人格であり、なぜなら天地万物を創造せず、人を、愛をもってご自身のかたちに似せて創造した創造主ではありませんから、人類の歴史にも関わることができず、将来起ころうとする預言もありません。
大日経の成立は、一説に南インドか西北インドといわれ、インド人の善無畏(637~735)が80歳のとき、716年に中国に来て曼荼羅図を伝え、虚空蔵菩薩求聞持法や大日経を漢訳し、「大日如来」の名も彼が漢語としてつくりました。大日経は奈良時代の737年に日本に伝来し、空海は唐に行く前の22歳の頃、これらを読んで密教に目が開かれたといわれています。
インドでは使徒トマスが紀元52年頃から西北インドで、後に南インドで宣教し、72年にチェンナイで殉教したと伝えられ、14世紀のマルコ・ポーロが書いた『東方見聞録』にトマスの信徒たちや景教徒の存在を伝えています。インドでの使徒トマスや多くの宣教者たちの大宣教活動から大乗仏教経典や大日経などの密教経典の成立に何らかの影響があったかと考えます。
※注 『一神論』の全文は下記参考文献の『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』に掲載されてあります。
※ 参考文献
1. 『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(改訂新装版、2014年、イーグレープ)
2. 『高野山真言宗檀信徒必携』(1988年、高野山真言宗教学部)
3. 『新国訳大蔵経「大日経」』(1998年、大蔵出版)、『新国訳大蔵経「金剛頂経・理趣経他」』(2004年、大蔵出版)
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川口一彦(かわぐち・かずひこ)
1951年、三重県松阪市に生まれる。現在、愛知福音キリスト教会牧師。日本景教研究会代表、国際景教研究会(本部、韓国水原)日本代表。基督教教育学博士。愛知書写書道教育学院院長(21歳で師範取得、同年・中日書道展特選)として書も教えている。書道団体の東海聖句書道会会員、同・以文会監事。各地で景教セミナーや漢字で聖書を解き明かすセミナーを開催。
著書に 『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(改訂新装版、2014年)、『仏教からクリスチャンへ』『一から始める筆ペン練習帳』(共にイーグレープ発行)、『漢字と聖書と福音』『景教のたどった道』(韓国語版)ほかがある。最近は聖句書展や拓本展も開催。
【外部リンク】HP::景教(東周りのキリスト教)