最近、「傾聴ボランティア」が流行しているようです。私は「傾聴する」ということがとても苦手な者でした。人の話を最後まで聞けなかったのです。私は、相手が話している途中、必ず口を挟み、内容を評価してしまっていました。当然、良好な人間関係を築くことなどできません。そんな自分に気が付き、聞く訓練を自分に課しました。自分で自分の癖を修正するために、お年寄りの方の話を聞くようにしたのです。相手に対して失礼なことでしたが、その方法しか思いつかなかったからです。
実際、お年寄りの方々の話しぶりは昔話に花が咲き、自慢げでもあり、悲しげでもありました。自分の人生を振り返りながら喜びや悲しみを何時間でも話すのです。最初のころ、聞くことの苦手な私は疲労困憊(こんぱい)しました。そのような体験をしながら、どうしたら喜んで話してもらえるのか、どうしたら共感する聞き方ができるかなど素人なりに一生懸命に試行錯誤しながら修正していきました。時間が経過するにつれて、苦痛感が軽減していく感覚を感じるようになりました。そして、以前よりは聞くことができる自分になったような感じがしてきたのです。こうして、人間関係を築くための修正のスタートをしたことを思い起こします。
私たちは、人の話の何を聞けばよいのでしょうか。私たちは相手が「何を考えているのか」「何を思っているのか」「何を感じているのか」を聞くのです。その聞き方に3つのスタイルがあります。日本語には「きく」という漢字の表現が3つあります。それは「聞く」「聴く」「訊く」の3つです。
「聞く」は、門構えに耳と書きます。この聞き方は、「構え」をもった聞き方ということです。それは、自分の内にある枠組み(価値観、経験など)をもって聞く姿です。この聞き方は、偏見を生んでしまいます。
「聴く」は、相手の話を聞きたいという意志をもって聞くという姿です。それは、耳をダンボのように大きくし、心を一つの方向に向けて聞く聞き方です。この聞き方は、自分の価値観、経験などを脇に置いて聞く姿なのです。
「訊く」は、言葉を使って聞くということです。それは、意味のある対話をする姿のことです。相手は発する言葉で心を開いたり閉じたりするものです。意味のある対話をするために注意するポイントがあります。
第一は、自分の使っている言葉の意味と相手の使っている言葉の意味に違いがあることを知ることです。従って、使っている言葉の意味を確認することが大切です。
第二は「思い込み」で話を聞かないことです。私たちは、第一印象で「この人はこういう人だ」と決め込んでしまう傾向を持っています。第一印象は全て該当しているとは限らないのです。そこで、第一印象を確かめる質問をすると良いでしょう。
第三は「不安」です。「私はこの人あの人にどう評価され、思われている」という不安が強いと、意味のある出会いは経験できません。
第四は「自己防衛」です。人は人間関係の中で自分を守るために無意識的に反応しています。そして、自分の気持ちを防衛しながら相手に自分の気持ちを分からせようとメッセージを送ろうとすることもあるのです。具体的には、一人で静かにしていたり、うずくまったりすることでメッセージを送っていることがあります。そのメッセージは「私にもっと注意を向けてよ」です。
第五は「目的」です。私たちが人と出会う時、目的を明確にすることは意味のある出会いを経験させます。しかし、目的のない出会いは建設的なものを生み出しません。
ボンフェッファーは「第一の奉仕は人の話を聞くことである」と言いました。私たちは、3つの聞き方のいずれの姿で人と関わっているでしょうか。優れた聞き手になりたいものです。
■ こころと魂の健康: (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)
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渡辺俊彦(わたなべ・としひこ)
1957年生まれ。多摩少年院に4年間法務教官として勤務した後、召しを受け東京聖書学院に入学。東京聖書学院卒業後、日本ホーリネス教団より上馬キリスト教会に派遣。ルーサーライス神学大学大学院博士課程終了(D.Mim)。ルーサーライス神学大学大学院、日本医科大学看護専門学校、千葉英和高等学校などの講師を歴任。現在、上馬キリスト教会牧師、東京YMCA医療福祉専門学校講師、社会福祉法人東京育成園(養護施設)園長、NPO日本グッド・マリッジ推進協会結婚及び家族カウンセリング専門スーパーバイザー、牧会カウンセラー(LPC認定)。WHOのスピリチュアル問題に関し、各地で講演やセミナー講師として活動。主な著書に『神学生活入門』『幸せを見つける人』(イーグレープ)、『スピリチュアリティの混乱を探る』(発行:上馬キリスト教会出版部、定価:1500円)。ほか論文、小論文多数。