「私の専門は神学なのに、どうして八百屋さんになってしまったのだろうと自分で思います」笑顔でそう話すのは、福島やさい畑の店長やぎちゃんこと、柳沼千賀子さん。店の正式な名は「NPO法人・福島やさい畑~復興プロジェクト」。柳沼さんは理事長を務める。
福島産の野菜、果物、米、漬物、さらにジュースやお菓子などを扱い、店頭のみならずネット販売もしている。利益を目的としないNPO法人であり、福島県内の被災者仮設住宅に野菜や果物を無料で配布する働きも行っている。活動は一口500円の全国からの募金で運営されている。
毎週日曜日にはワンボックスカーで東京、千葉、埼玉、神奈川に出張し、新鮮な野菜たちを並べて売る。紹介やクチコミで広がり、移動販売は今や38カ所。「教会の玄関先などで店を開かせてもらい、ミサを終えてから買ってくださる信徒さんが多いです」。カトリック教会の横のつながりによって販売網を広げてきた。最近は、噂を聞いたお寺からも招きの声がかかる。
「福島やさい畑」のオフィスは、福島県のカトリック教会の中に置かれている。柳沼さんはカトリック二本松教会の信徒会長、そして、元シスターでもある。
■ 柳沼さんの新たなミッション
4年間の修道生活の後、「神様についてもっと深く学びたい」思いに駆られ、上智大学神学部で学んだ。大学院在学中から郡山市のミッション系小学校で宗教の授業を受け持つようになり、卒業後は実家のある二本松市に戻って教師を続けていた。
平安を破ったのは3・11だった。「原発の避難で学校から子供たちが減ってしまい、教員も減らされる事態となりました。そういう時に真っ先に切られるのは宗教の先生なんですね」。そんななか、農家の厳しい現実が毎日のように報道されていた。
原発事故による放射能拡散のため、福島県全土で多くの農産物が出荷停止となった。「福島は農業従事者が多い農業県なのに、と心配しました」。福島の経済は大きく揺らぎ、仕事を失う人も続出した。当たり前の日常生活を取り戻すために何ができるのか。柳沼さんが選んだのは、ほとんど経験のない農業の現場だった。
当時、市内で同じような考えで活動している農園と出会い、農園は約25か所の販売ルートを閉ざされ困っている農家から農産物を仕入れ、柳沼さんは販売場所を提供する形で、首都圏での福島野菜の販売を始めた。
その農園が県からの助成金を受けることができたために可能になった活動だったが、半年後には助成金が打切られ、その活動も解散となった。そうなると困るのは25件の農家と従業員である。再び農家は販売ルートが絶たれ、大震災で失業した彼らは再び失業者となってしまう。
農家と従業員の要請を受け、柳沼さんは2012年4月に個人事業として「福島やさい畑」を立ち上げ、引き続き農家から野菜を仕入れ、首都圏での販売を続行した。独学でネット販売のシステムも構築した。翌年4月からはNPO法人に。「やろうと思ってこの仕事を始めたわけではないのですが・・・神様が導いてくださっていることを強く感じます」と柳沼さん。
もちろん経営は楽ではない。売り上げは伸びているが、「やはりまだ福島の農産物に対する風評被害が根強くあります」。偏見は野菜にだけではない。都内まで出向いて販売した際、「あの人たちの靴底には放射能がついている。車にも放射能がついている。そういう人たちを構内に入れていいのか」という声もあった。
スタッフは柳沼さんを入れて6人。「農業をしたいという人たちの県外からのお問い合わせもあるのですが、野菜の利益は薄いですからね。きちんとお給料を支払いたいので、増員することはまだできません」。柳沼さん以外はカトリック信徒ではない。「でも、みんな日曜日には必ず教会に(販売に)行くので、もしかしたら信徒さんより神様に近いかも・・・」そう言って、冗談で笑わせる。
■「福島の野菜のほうが安心できる」とも言われ
福島の野菜は、本当にだいじょうぶなのか? 柳沼さんは言う。「福島ではすべての食品がチェックされていますし、農家も除染対策をしています。むしろ他県では検査していないことが多いので、福島のほうが安心できると言う人もいます」
福島県には地域ごとに測定所があり、農家はそこに生産物を運んで安全を認証してもらえる。測定器の精度や機能は進んでおり、米や野菜を袋ごと測れる機器の登場で全品検査が可能になった。「福島やさい畑」の役員の一人は測定器を製作する会社の社長でもある。
「ガイガー(ポータブルの空間放射線量計測器)は私も持っていて、測りながら東京に向かうこともありますが、福島県を出てから数値が上がることがあります。放射能に県境はありません。風向きでも変わっていきます」。
農作物は福島県の東西南北から仕入れている。現在契約している農家は30カ所。地元のテレビで「福島やさい畑」の働きが紹介され、「うちも加えてほしい」と相談が寄せられた。「NHKは、宗教関係の団体はだめだということで取材してくれませんでしたが」と柳沼さんは苦笑する。
県最西部の奥只見で、地元伝統のお菓子「柚餅子」(ゆべし)を作るおかみさんは、4時間かけて二本松までやってきた。「放射能の影響はないのに福島というだけで売れなくなった。野菜じゃないけど売ってほしい」。そう涙ながらに懇願したという。「原発から100km離れていても、風評で苦しむ生産者がいるのです」。多くの人が「福島やさい畑」に期待をかけている。
■ 野菜の全戸配布が安否確認に
仮設住宅での野菜の無料配布も、今では重要な仕事。南相馬市の仮設住宅地9か所と二本松市の仮設住宅地3か所、避難指示解除になった川内村民の住む仮設住宅地3か所では、全戸を対象に配る。「イベントの場合、仮設住宅から出てこない人は決して来ませんし、体が思うように動かず、行きたくても行けない人もいます。野菜の全戸配布は高齢者の安否確認にもなっているのです」
「阪神淡路大震災の時には『3年目の孤独死』というものがあり、問題視されました。福島でも増えています。そうしたことを防ぐために、すべてのお宅に野菜を届ける必要があります。仮設におられる方々は補償金もあるので物資の援助は必要ない時期です。いま支えるべきは被災者の心。寄り添ってのケアが大切なのです」
野菜を売るだけでなく、生産することも考えていきたいという柳沼さん。福島の農業を守り、雇用を生み、心を支える大きなミッションは、これからも続いていく。(続く:今なお「語れない人」と向き合うために~二本松教会・佐原玲子牧師)
■ NPO法人 福島やさい畑 ~復興プロジェクト
http://fukushimayasaibatake.web.fc2.com
■ 福島やさい畑 ~WEBショップ
http://yasai2012.pj.shopserve.jp
■【3.11特集】震災3年目の祈り:
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※「震災3年目の祈り」と題して、シリーズで東北の今をお伝えしています。