論説・コラム
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なにゆえキリストの道なのか(78)善悪の知識の木とは何なのか 正木弥
創世記の記事で、人は「善悪の知識の木」からどうして取って食べてはいけない、とされたのか。善悪の知識の木とは何なのか。いろいろな解釈があります。
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この時聖書を開いた(28)私たちの心は燃えていたではないか 谷雅史
「希望の車いす」は、日本で使われなくなった車いすを再生して海外に寄贈しています。2015年3月で累計1600台以上を、13カ国に無償で贈り届けました。
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蜜と塩―聖書が生きる生活エッセイ(30)祭壇 ミュリエル・ハンソン
1957年に私たちが京都にいた時のことです。家の裏口から歩いて5分とかからず行ける所に、昔ながらの墓地がありました。そこは手つかずの自然そのままですが、荒れた感じではありません。
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預けられたタラント(賜物) 穂森幸一(74)
イエス様の例え話に、タラントを預けられたしもべたちの話があります。この例え話に、私たちの人生が凝縮されているように思います。
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わが人生と味の道(50)随想録:神・信仰2 私たちに対する神の目的と計画 荘明義
それぞれの賜物を生かし、奉仕に生き甲斐(がい)を感じるクリスチャンを目指そうではありませんか。キリストに似たクリスチャンになるための、神と私たちの目標を学びます。
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死に勝るいのちを得て(106)何をどういうふうにしてもよいのか 米田武義
夕方TVを見ていたら、自分が非常に共鳴を覚えて読んだ本の著者が出演していた。私は引き付けられるように、その番組に見入った。しかし見るほどに、思ったほどではなかったので、何とはなしに落胆してきた。
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日本宣教論(32)日本国内の状況:開戦の詔勅と大東亜宣言 後藤牧人
太平洋戦争の開戦の詔勅(しょうちょく)は、そのかなりの部分が中国問題に割かれている。その内容は、日本の中国政策を米英が妨害し、よって東アジアの平和を乱していると主張している。
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相手の立場に立って生きよう 菅野直基
「人からどう見られているだろう?」と、恐れたり、気になったりすることはないでしょうか。気になる理由は、自分の立場から「どう見られているのか?」を気にすることから起こります。
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日本人に寄り添う福音宣教の扉(13)残された99匹はどうなる? 広田信也
99匹を選ぶか、迷える1匹を選ぶか、という観点でこの聖書箇所を考え出すとよく分からなくなるところだが、実際に迷える1匹のために時間と心を集中させることができるか、と自問してみると、その難しさがよく分かる。
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英語お宝情報(3)文法と文法用語の違い 木下和好
YouCanSpeak の学習には文法的説明が一切無い(Pop up ページに出てくる名詞化・副詞化の説明を除いては)。その理由の1つは、文法アレルギーの人にも安心して学んでいただくためだ。
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百人一読―偉人と聖書の出会いから(28)日野原重明 篠原元
皆さんにとって、何が「心の導き」となっていますか。聖路加国際病院の日野原重明先生にとって、「心の導き」となっている聖書の言葉は、「いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である」だそうです。
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こころと魂の健康(47)怒りの原因を探る 渡辺俊彦
人間には、喜怒哀楽という4つの感情があります。怒りは、喜怒哀楽の1つの感情です。怒りに振り回され、処理できない状態が起こると、さまざまな混乱を起こしてしまいます。
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まことの喜び(31)使命によって脈打つ心臓 イ・ヨンフン
神様は裸足で立っているモーセに対して、イスラエルの民をエジプトから導き出すという使命を下さいました。神様はエジプトにいるイスラエルの民の苦しみをご覧になり、彼らが奴隷生活を送りながら叫ぶ祈りを聞かれたからです。
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私たちとのつながりを自ら作り出される主 万代栄嗣
新約聖書のマタイ、マルコ、ルカ、そしてヨハネの福音書では、それぞれイエスが十字架にかけられる前夜の話が記述されていますが、ヨハネの福音書だけに記録されている出来事があります。
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【聖書クイズ】ヨセフでないのはどれ?
ヨセフという名前は、聖書の時代に人気があったようです。以下の中で、ヨセフでないのはどれでしょうか。
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恵みを共に受け継ぐ者 安食弘幸(62)
「プロポーズ、あの日にもどって、ことわりたい」。こんな川柳が笑えないほど、今日、多くの夫婦関係が病んでいます。聖書は「(配偶者は)神からのいのちの恵みを共に受け継ぐ者」だと教えています。
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牧師の小窓(66)小野田寛郎氏 福江等
去る2014年1月16日、小野田寛郎(おのだ・ひろお)氏が召天されました。享年92歳でした。フィリピンに在住していたことのある私は、小野田氏に特別な関心を持っていました。
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なにゆえキリストの道なのか(77)地球以外の星で生命の存在が発見されれば、神を否定するか 正木弥
神はこの地上以外でいろいろなことをなさっていたにしても不思議ではありません。そのことは聖書に書いてないだけです。それは、地上の人が知る必要がなかったからでしょう。
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脳性麻痺と共に生きる(23)養護学校高等部合格発表の日 有田憲一郎
高等部の入学試験が終わった翌日、僕は「おはよう」といつも通り迎えに来てくれるスクールバスに乗り、学校に行きました。学校に着くと、担任の先生が迎えてくれ、いつもと変わらない学校の光景がありました。
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批判する者でなく、批判される者になる 関智征
内村鑑三は、明治、大正、昭和と「無教会主義」を掲げて活動し、多くの批判をあび、蔑まれる経験をした人です。今でこそ「日本を代表するキリスト者の1人」として尊敬されていますが、内村は存命中、多くの批判を受けました。