臼田宣弘
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パウロとフィレモンとオネシモ(33)「オネシモ物語・第2幕」―おとぎ話「浦島太郎」と読み比べ― 臼田宣弘
コロサイ書の本論は4章6節で終わり、4章7節から手紙の最後までは「結びの言葉」(新共同訳聖書の表題)となります。この「結びの言葉」においては、フィレモン書と多くの人名が共有されています。
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パウロとフィレモンとオネシモ(32)「家庭訓」―神のもとでは奴隷も自由人もすべて平等― 臼田宣弘
今回はコロサイ書3章18節~4章1節を読みます。この部分は「家庭訓」または「家庭道徳訓」といわれ、挿入と考えられます。3章18~19節は「妻と夫」、20~21節は「子と親」、22節~4章1節は「奴隷と主人」の間においての訓戒です。
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パウロとフィレモンとオネシモ(31)「信仰者の円環的な歩み」―善い業・神礼拝・社会生活― 臼田宣弘
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。また、本年皆様の上に神様の祝福が豊かにありますように、そして新型コロナウイルス感染症の終息をお祈り申し上げます。
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パウロとフィレモンとオネシモ(29)「上にあるものを求めなさい」―善い業を行う― 臼田宣弘
アドベントクランツにともしびがともり、今年もイエス・キリストのご降誕を待ち望む季節となりました。嬰児(みどりご)イエスが、馬小屋にお生まれになったことは、私たちの現実の心の中に救い主が来られたことを意味するとされています。
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コヘレトと新約聖書(1)「知恵」―神は人間を単純に造った― 臼田宣弘
30回にわたって、「コヘレト書を読む」を連載させていただきましたが、コヘレトと新約聖書の関連についてもお伝えすべきだろうと考えました。そこで、続編的なコラムとして「コヘレトと新約聖書」というシリーズを連載させていただくことになりました。
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パウロとフィレモンとオネシモ(28)「証書」―フィレモン書に残されたパウロの実例― 臼田宣弘
今回から3章に入る予定でしたが、前回の補足と、2章全体について考えていることを書き記しておきたいと思います。まず前回の補足ですが、2章14節に以下のように記されています。
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パウロとフィレモンとオネシモ(27)「神に育てられて成長し実を結ぶ」―十字架と復活と被挙によってなされたこと― 臼田宣弘
今回は、コロサイ書2章13節b~23節を読みます。なお、20節と21節については、ギリシャ語原典に則して、新共同訳では21節に入れられている「戒律に縛られているのですか」の部分を20節に移動した表現にしています。
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【書評】『VTJ旧約聖書注解 コヘレト書』「反黙示思想の書」として読み解く新視点の注解書
日本語で書き下ろされた旧新約聖書注解シリーズ「VTJ・NTJ」。その旧約側のシリーズである「VTJ」の4冊目『VTJ旧約聖書注解 コヘレト書』(小友聡著)が、「出エジプト上・下」「列王記上」に続いて、この3月に発刊されました。
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パウロとフィレモンとオネシモ(26)「洗礼による以前と今」―キリストと共なる復活― 臼田宣弘
今回は、コロサイ書2章11~13節aを読みます。今回の箇所では「洗礼」が取り上げられていますが、コロサイ書が伝える「洗礼」は、真性書簡と少し違いがあると言われています。
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パウロとフィレモンとオネシモ(25)「キリストに満たされる」―シンクレティズムとの戦い― 臼田宣弘
今回は、コロサイ書2章8~10節を読むことにいたします。さて今回からは、シンクレティズム(宗教混淆〔こんこう〕)が問題になります。この事例を、旧約聖書の列王記下17章に見てみましょう。
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パウロとフィレモンとオネシモ(24)「キリストに根を下ろす」―植物の成長を用いたもう一つの表現― 臼田宣弘
今回は、コロサイ書2章6~7節を読むことにいたします。6節に「根を下ろした」とあり、これはベバイオオーなのですが、8節の「しっかり支えて」もベバイオオーです。「神も、あなた方に最後まで根を下ろさせることによって」と翻訳してもよいでしょう。
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パウロとフィレモンとオネシモ(23)「巧みな議論に惑わされないように」―偽巡回宣教者たちなのか― 臼田宣弘
今回はコロサイ書2章1~5節を読みます。1節に「ラオディキアにいる人々」とありますが、ラオディキアはコロサイから15キロほど西にある町です。コロサイ書4章16節から、ラオディキアにも教会があったことが分かります。
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パウロとフィレモンとオネシモ(22)「結ばれて成熟した者に」―内住のキリストと― 臼田宣弘
今回は、コロサイ書1章24~29節を読みます。26節と27節の「秘められた計画」は、エフェソ書でも同じような意味合いで使われており、両書の共通する用語として注目しています。
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パウロとフィレモンとオネシモ(21)「以前と今や」―キリストにあっての転換― 臼田宣弘
今回は、コロサイ書1章21~23節を読んでみることに致します。前回取り上げた13~20節のうち15~20節は、当時の教会に流布していた賛歌の引用でしたが、21節からは著者の筆に戻ります。
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パウロとフィレモンとオネシモ(20)「罪の赦し」―創造主であり和解主である御子― 臼田宣弘
本コラムは、パウロの真性書簡である「フィレモン書」と擬似書簡である「コロサイ書」と「エフェソ書」を、コロサイ書の著者はフィレモン、エフェソ書の著者はオネシモと見立てて、3人の関連性において3つの書簡を読み解いていくものです。
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パウロとフィレモンとオネシモ(19)「神の栄光」―旧約聖書に見る― 臼田宣弘
今回は、前回の続きとなるコロサイ書1章11~12節を読んでみたいと思います。ここは具体的な祈りの言葉です。新共同訳は両節を分けて記載していますが、両節を分けていない聖書協会共同訳の方が日本語として自然だと思いますので、後者から掲載します。
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パウロとフィレモンとオネシモ(18)「実を結ぶ」―福音の出来事が先立って― 臼田宣弘
今回は、コロサイ書1章5節b~10節を読みたいと思います。エパフラスという人物については本コラムの第4回で、「巡回宣教者であったと思われる」とお伝えさせていただきました。
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パウロとフィレモンとオネシモ(17)「天に蓄えられている希望」―空間軸を中心とした終末論― 臼田宣弘
今回からはコロサイ書を取り上げます。「コロサイ書はフィレモン書からどう影響を受けているか、またエフェソ書にどう影響を与えているか」という観点から、進めていきたいと思います。
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パウロとフィレモンとオネシモ(16)「コロサイ書・エフェソ書」―誰が書いたのか(2)― 臼田宣弘
前回、コロサイ書とフィレモン書の関係について、ゲルト・タイセンとヘムルート・ケスターの著作から「コロサイ書はフィレモン書の影響を受けている」とお伝えしました。これについて、もう一人、新約聖書学者の永田竹司氏の見解もお伝えしたいと思います。
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パウロとフィレモンとオネシモ(15)「コロサイ書・エフェソ書」―誰が書いたのか(1)― 臼田宣弘
「パウロ以後の初代教会において、パウロ、フィレモン、オネシモという師弟関係の系譜が、どのような役割を果たしていたのか」の目的を持って書いている本コラムにおける最大の問いは、「コロサイ書とエフェソ書は誰が書いたのか」ということです。
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