私が聖書を読むときに大切にしていることは、「御言葉としてそのままそれを読む」ということです。しかし同時に、「編集・蒐集(しゅうしゅう)状況の推察」という作業も行っています。それは聖書を御言葉として読む際の手助けとなり得るからです。
フィレモン書を読むに当たっては、「この手紙がなぜ正典となっているのか」ということをかなり深く考えました。パウロの手紙にはこの程度の分量のものはたくさんあったはずです。そういった中で、なぜフィレモン書だけが正典として残され、聖書となったのか。それを考え続けた結果、私が得た結論は、「この書に書かれているオネシモが、後年すぐれた教会指導者となり、宣教者としての彼の召命の書として、残しておく必要があった」ということでした。
2世紀初頭に書かれたといわれる「イグナティオスの手紙―エペソのキリスト者へ」(『使徒教父文書』に収納されている)には、以下のように記されています。
(挨拶)
テオフォロス(神を担う者の意)とも呼ばれるイグナティオスより、父なる神の偉大さと充満とによって祝福され、永遠の昔から永続不変の栄光へと予定され、(主イエスの、みせかけではない)真実の受難により、父と私達の神イエス・キリストとの御意(みこころ)によって、ひとつとされ選ばれた、アジアのエペソなる賞讃すべき教会へ。イエス・キリストにあって、また疵(きず)なき喜びを持って、御恵みゆたかならんことを祈ります。
一 1 あなた(方の教会)のいとも愛すべき名を神にあって識り――あなた方はその名を正しい本性により、つまり私達の救い主キリスト・イエスにある信仰と愛によって、得られたのです。あなた方は神を真似る者、神の血によって生かされ、それにふさわしい業を全うしたのです。2 すなわちあなた方は、私達すべてにかかわる御名と希望のゆえに私が囚人となってシリアから連れ出されたと聞いて――私はあなた方の祈りによって、ローマで獣と闘うことが出来るよう望んでいるのです。それは、そうすることにより、(主の)弟子となれるからなのです――(このような運命の)私に会おうと熱望しておられるのです。3 私は神の御名のゆえに、(私と会った)オネシモスにおいて、数多いあなた方のすべてをお迎えしたことになりますが――オネシモは言い尽くせぬ愛の人、肉においてはあなた方の監督であり、私はあなた方がイエス・キリストに従って彼を愛し、皆彼のようになることを、お祈りしております。あなた方を恵み、こんな監督を持つにふさわしくして下さった方はほむべきかな。
二 1 私(は主の奴隷ですが、私)の奴隷仲間ブーロス――すべてにおいて祝福された、神によるあなた方の執事――について、私は彼があなた方と監督の名誉のために(私のもとに)とどまるよう祈っています。それから神にもあなた方にもふさわしい人であるクロコスは――私は彼をあなた方の愛の例証として迎えました――あらゆることについて私を安心させてくれました。同様にイエス・キリストの父なる方が、彼をも、オネシモス、ブーロス、エウプロス、フロントーンとともに、元気づけて下さいますように。この人々を通して私はあなた方すべての愛を見たのです。
(中略)
六 1 また監督の口数が少ないのをみたら、余計彼を恐れなさい。私達は、家の主人が一家の管理のために遣わした人を、誰であれ、遣わした人自身のように受け容れなくてはなりません(マタイ21:33以下、10:40)。だから私達が監督を主御自身のようにみなさなくてはならないのは明らかです。2 (しかしあなた方については)オネシモス自身が、あなた方はみな真理に従って生き、またあなた方の中にはどんな異端派も住みついていない、また真理にあってイエス・キリストについて語る人にまさって、あなた方が耳を傾ける人もいない、と(言って)あなた方の神にある秩序正しさをほめたたえているのです。
この「イグナティオスの手紙-エペソのキリスト者へ」に記されているエフェソ(エペソ)の教会の監督オネシモスこそ、フィレモン書に登場するオネシモ(原典では、オネシモス / Ὀνήσιμος)であることは、今日多く認められていることでありますし、私もその説を支持しています。
エフェソはアジア州の中心都市であり、つまりエフェソ教会というのはアジア州の中心教会であったことからしますと、その教会の監督は大きな力を持っていたことが分かりますし、またイグナティオスの手紙を読む限りでも、監督オネシモスが人々から尊敬されていた人物であることが読み取れます。
この後代のエフェソ教会監督オネシモスの召命の書が、他でもない「フィレモン書」であるというのが、私のフィレモン書に対する見方です。次回コラムからから、この手紙において、そのオネシモが登場する箇所をお伝え致します。(続く)
※ フェイスブック・グループ【「パウロとフィレモンとオネシモ」を読む】を作成しました。フェイスブックをご利用の方は、ぜひご参加ください。
◇