前回は、フィレモン書1~2節に記されている、この書の名宛人3人のうち、「フィレモンとアフィア」についての私の考えをお伝えしました。今回は、同じく名宛人として上げられている「アルキポ」について、私の考えをお伝えさせていただきます。新約聖書でアルキポの名前が出てくるのは、フィレモン書2節の他、コロサイ書4章17節です。
姉妹アフィア、わたしたちの戦友アルキポ、ならびにあなたの家にある教会へ。(フィレモン書2節、新共同訳)
アルキポに、「主に結ばれた者としてゆだねられた務めに意を用い、それをよく果たすように」と伝えてください。(コロサイ書4章17節、同)
フィレモン書2節におけるアルキポの呼称「戦友(シューストゥラティオーテース / συστρατιώτης)」は、新約聖書では他に、フィリピ書2章25節で「ところでわたしは、エパフロディトをそちらに帰さねばならないと考えています。彼はわたしの兄弟、協力者、戦友であり、また、あなたがたの使者として」と、アルキポ以外ではエパフロディトに対してのみ使われています。この語を『ギリシア語新約聖書釈義事典(3)』で調べてみますと、以下のようにあります。
συστρατιώτης 戦友
新約では比喩的な用法のみ。フィリ2:25でエパフロディトに対して([兄弟、同労者]と並べて)敬意をこめて用いる(29節以下参照)。フィレ2ではアルキポについてである。神に敵対する世界における福音のための戦いというイメージが前提になっている(フィリ1:27ー30、3:18、4:3、ロマ13:12、Ⅱコリ6:7、10:3ー6、Ⅰテサ5:8、コロ2:1、エフェ6:10以下参照)。スエトニウス『ユリウス・カエサル伝』67によれば、カエサルは彼の軍団に commilitones[戦友諸君]と呼び掛けて、礼遇した(ポリュアイノス『戦略論』Ⅷ23.22 συστρατιώται 参照)。(以下省略)
このように、新約聖書における「戦友」とは、実際の戦争における同志ではなく、福音宣教の同志を示すものとして、パウロが使用していた用語であることが分かります。そしてそこには、パウロがその相手をこの上なく尊重している思いが読み取れます。「戦友」は、パウロにとっては尊称でありましょう。アルキポは、フィレモン書においては「戦友」とされていますが、同時にコロサイ書では「主に結ばれた者としてゆだねられた務めを与えられた者」とされています。アルキポは、パウロにとって主イエス・キリストにある大切な人であったのです。ではアルキポは、一体どのような人物であったのでしょうか。
これまで何度も申し上げてきましたように、私はフィレモンの家の教会とコロサイ教会は同一であると考えています。アルキポがフィレモンの家の教会、つまりコロサイ教会にその後もずっと在住していて、後にコロサイ書が執筆されたときもそこにいたのであれば、送られて来た「コロサイ書」を読むはずです。ですからその場合、上述したような「伝えてください」という言葉が、手紙の中に記される必要はありません。つまりアルキポは、コロサイ書が執筆され送られたときにはすでに、フィレモンの家の教会=コロサイ教会にはいなかったということになります。
コロサイ書2章1節には、「わたしが、あなたがたとラオディキアにいる人々のために、また、わたしとまだ直接顔を合わせたことのないすべての人のために、どれほど労苦して闘っているか、分かってほしい」とあります。また4章16節には、「この手紙があなたがたのところで読まれたら、ラオディキアの教会でも読まれるように、取り計らってください。また、ラオディキアから回って来る手紙を、あなたがたも読んでください」とあります。これらのことから、フィレモンの家の教会=コロサイ教会は、近隣のラオディキア教会とは交流があったと思われます。アルキポは、コロサイ書執筆時には、ラオディキア教会など、コロサイ近辺のどこかの教会にいたのではないでしょうか。ですから、コロサイ書には「伝えてください」と記されているのです。
前回もお伝えしましたが、最初期の教会には、「巡回型宣教者」と「定住型宣教者」が存在していました。巡回型宣教者は、預言者的な放浪的スタイルであったようです。一方、定住型宣教者は家の教会を牧し、安定した生活をしていたということになりましょう。マタイによる福音書10章41節に「預言者を預言者として受け入れる人」とありますが、これは、放浪的スタイルの巡回型宣教者を、家の教会が受け入れること、あるいは「家」が巡回型宣教者を受け入れて「家の教会」となることを暗示していると考えられます。
さて、このことをフィレモンの家の教会=コロサイ教会の創設に当てはめてみましょう。コロサイ書1章7~8節にはこうあります。「あなたがたは、この福音を、わたしたちと共に仕えている仲間、愛するエパフラスから学びました。彼は、あなたがたのためにキリストに忠実に仕える者であり、また、“霊”に基づくあなたがたの愛を知らせてくれた人です」。この言葉を、フィレモン書の内容と合わせて見るならば、エパフラスという人が巡回型宣教者としてコロサイの地に来て、フィレモンの家を拠点にして福音を伝え、フィレモンとアフィアと協同して教会を創設したということが読み取れます。エパフラスについては、後日談としてフィレモン書23節で「キリスト・イエスのゆえにわたしと共に捕らわれている、エパフラスがよろしくと言っています」と書かれています。エパフラスはパウロと共にエフェソの獄に捕らえられており、そのことからもエパフラスがパウロと共に巡回伝道をしていた巡回型宣教者であることが分かります。
そうなりますと、アルキポという人にもエパフラスと同じことが当てはまります。彼はフィレモン書執筆時にはフィレモンの家の教会=コロサイ教会にいたわけですが、コロサイ書執筆時にはそこにはいなかったわけです。ですから、彼は定住型ではなく、あちこちの教会を巡回する巡回型宣教者であったと考えられます。新約聖書でもう一人、「戦友」と呼ばれていたエパフロディトも、フィリピ書を読む限り、あちこちを巡回する巡回型宣教者であったと考えられます。一説には、フィリピ書のエパフロディトと、フィレモン書、コロサイ書に登場するエパフラスは同一人物の可能性もあるとされています(『新約聖書 訳と註(4)パウロ書簡その2 / 擬似パウロ書簡』、452ページ参照)。
巡回型宣教者は定住型宣教者よりもその使命がはるかに重く、それ故に同じ巡回型宣教者であるパウロは、アルキポやエパフロディトに対して、「戦友」という尊称を使ったのではないでしょうか。前述のコロサイ書1章7節「あなたがたはこの福音を、わたしたちと共に仕えている仲間、愛するエパフラスから学びました」を、アルキポと結び付けるならば、フィレモンとアフィアが自分の家を「家の教会」とし、巡回型宣教者であったエパフラスがその教会の創設に関わり、福音宣教を行い、エパフラスが移動した後にやはり巡回型宣教者であったアルキポが、エパフラスの役を引き継ぐ者として、フィレモンの家の教会=コロサイ教会に赴いたのではないでしょうか。そのアルキポに対して、パウロは「戦友」と尊称を付けて名宛人としたのであると私は捉えています。
今回は対比を分かりやすくするために、「巡回型宣教者」「定住型宣教者」とお伝えしましたが、前回お伝えしましたように、エフェソ書4章11節にある「そして、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を福音宣教者、ある人を牧者、教師とされたのです」を基にするなら、エパフラスやアルキポのような巡回型宣教者は「福音宣教者」であり、フィレモンのような定住型宣教者は「牧者」ということができましょう。
そうなりますと、コロサイ書4章17節でアルキポに対して言われている「主に結ばれたものとしてゆだねられた務め」とは、巡回型宣教者(福音宣教者)としての職務であることが明らかになります。その職務が尊ばれていたが故に、「ゆだねられた務めに意を用い、それをよく果たすように」と言われたことが判明します。これは、テモテに対して「しかしあなたは、どんな場合にも身を慎み、苦しみを耐え忍び、福音宣教者の仕事に励み、自分の務めを果たしなさい」(テモテ二4:5)と言われているのと同じような意味合いであると思います。ちなみに新約聖書で「福音宣教者」と言われているのは、上記箇所のテモテと、使徒言行録21章8節でフィリポにのみ使われています。テモテもフィリポも、新約聖書を読む限りでは巡回型宣教者でしょう。
フィレモンの家の教会=コロサイ教会と巡回型宣教者の関係を、時系列でまとめて見ましょう。
フィレモンの家の教会=コロサイ教会 | 巡回宣教者 |
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教会創設時 | エパフラスが在住 |
フィレモン書受領時 | アルキポが在住 エパエパフラスはパウロと一緒に獄中に |
コロサイ書受領時 | アルキポは去っている 異なる教えを持つ宣教者が進入 エパフラスはパウロの周辺にいるという「設定」? |
コロサイ書執筆時の「異なる教えを持つ宣教者」については、本コラムでコロサイ書について執筆する際にお伝えします。
さて、本コラムの全体テーマである「パウロ以後の初代教会において、パウロ、フィレモン、オネシモという師弟関係の系譜が、どのような役割を果たしていたのか」という文脈で見るならば、アルキポは「パウロ、そしてフィレモンやオネシモの働きのために祈っていた人」といえるのではないかと私は考えています。
次回は、フィレモン書の中心メッセージを引き出すために、同書の集中構造分析を行いたいと思います。集中構造分析については、前コラム「コヘレト書を読む(9)」において取り上げていますので、お読みいただければ幸いです。
教会暦では、12月1日からアドベントに入ります。どうぞ皆様、良きアドベントをお迎えください。(続く)
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