前回は、世界観の対立から「量子力学の正統的解釈」に反対する「多世界解釈」が提起され、多世界解釈からヒントを得て驚異的な高性能を示すと期待されている量子コンピューターが発明されたことをお話ししました。
今回から5回にわたって宇宙論を取り上げます。小さな“火の玉宇宙”が大爆発を起こし、その後膨張を続けて今日の宇宙に進化したというビッグバン理論が一般に広く知られています。また、インフレーション宇宙論によって“火の玉宇宙”がどのようにして“無”から誕生したかが論じられています。
今回は、アインシュタインの相対性理論(第1回)から現代の宇宙論が始まり、科学者の世界観と深く結びついて発展してきたことをお話しします。
【今回のワンポイントメッセージ】
- ビッグバン理論は聖書の天地創造を連想させるので、最初は科学者から拒否された。
世界の始まりを避けたかったアインシュタイン
すでに19世紀には、今日のように神を排除した理論を作ることが自然科学の原則として定着していました。それゆえ、宇宙には、創造者が出番となる「始まり」がなく、永遠の昔から常に一定に保たれてきたと考える「定常宇宙」モデルが科学者を支配していました。
万物に神を認める汎神論的で審美的なスピノザの哲学(第1回)を信奉していたアインシュタインも、宇宙は永遠に変わらないと信じていました。ところが、彼が相対性理論の方程式(重力方程式)を宇宙全体に適用して解いたところ、宇宙が常に膨張または収縮し続けるような解が得られました。そこでアインシュタインは、自ら「宇宙項」と呼んだ項を重力方程式に付け加えることによって定常宇宙の解を導き出したのです(1917年)。
宇宙項には科学的な根拠がありませんでした。アインシュタインは、ただ自分の世界観と一致する定常宇宙を得るために勝手な小細工を方程式に施したのです。
1920年代に数名の学者が、アインシュタインの重力方程式から、宇宙項を導入せずに「膨張する宇宙」の解を導き出しました。これらの学者の一人、ジョルジュ・ルメトールは、膨張宇宙モデルで時間をさかのぼればごく小さな一点から宇宙が膨張したことになることを指摘しました。ここに、後にビッグバンモデルが生み出される端緒が開かれたのです。
しかし、美と調和に満ちた世界が永遠に続くと考えていたアインシュタインは、彼らの計算に間違いがないことを認めても、定常宇宙に固執して、膨張宇宙論に反対しました。
アインシュタインはルメトールに対して、「あなたの計算は正しいが、あなたの物理学は忌まわしいものです」と言って膨張する宇宙モデルを退けました。
その後エドウィン・ハッブルが、観測によって、われわれの天の川銀河の外にある銀河が、地球からの距離に比例する速度で遠ざかっていくという“ハッブルの法則”を発見しました(1929年)。つまり宇宙が膨張していることが示されたのです。アインシュタインは定常宇宙モデルを撤回して、膨張宇宙モデルを認めました。彼は宇宙項を導入したことを「わが生涯における最大の誤り」と述べました。
以上から、物理学の方程式の解は、数学的に正しくても、必ずしも自然と対応するわけではないこと、そして科学者が自分の描く世界観と観測事実に基づいて解を選ぶものであることが分かります。
「膨張宇宙/定常宇宙」論争――宇宙の始まりを回避したい科学者
1940年代にジョージ・ガモフが、宇宙に存在する軽い元素が宇宙開闢(かいびゃく)時の“火の玉宇宙”で行われた核融合反応によって作られたとする理論――ビッグバン理論――を発表しました。これによって宇宙における軽元素の分布の割合を説明することに成功し、膨張宇宙説の確かさが示されました。
ところが同じころ、フレッド・ホイルらによって「定常宇宙論」が提起されました。ただし、彼らも宇宙が膨張していることは否定できません。そこで、膨張によって生じた新たな空間の至る所で定常的に物質が“無”から創られているという奇妙な仮定を導入しました。そして、膨張した空間に物質が常に補充されるので、空間の物質密度を一定に保ちながら宇宙は永遠の昔から常に膨張し続けてきたという定常宇宙モデルの理論を作り上げたのです。
ビッグバン、すなわち火の玉による宇宙開闢モデルは、「光あれ」という神の言葉で始まる旧約聖書の天地創造を連想させるので、神を排除したい科学者に嫌われ、定常宇宙モデルが生き延びたのです。
ビッグバン理論の勝利とインフレーション理論の登場
1960年代半ばに、ビッグバン理論を裏付ける「宇宙背景放射」(“火の玉宇宙”の残光であるマイクロ波)が観測されました。その結果、宇宙論研究者のほとんどがビッグバン陣営に乗り換えました。
さらに1980年代にビッグバン理論の出発点である“火の玉宇宙”の起源を論じるインフレーション理論が作られました。そして21世紀の初頭には、インフレーション・ビッグバン理論によって、宇宙背景放射のわずか10万分の1の小さな揺らぎが見事に説明されました。これによって、インフレーション・ビッグバン理論が、宇宙論の標準理論としての地位を獲得したのです。
人間の営みとしての科学
相対性理論(第1回)では、まず哲学的な考察から理論が提起され、それに基づいて理論の正しさを示す観測が考え出されました。ところが宇宙論では、まず理論(定常宇宙論、膨張宇宙論)が作られて論争が引き起こされ、その後に理論とは無関係に得られた観測事実の積み重ねによって次第に論争が決着していったのです。この論争は科学者の世界観(宇宙を定常的とみなすか動的とみなすか)の対立に根差していました。
科学は、客観的な自然を対象としていても所詮(しょせん)人間の営みです。人為的要素とは全く独立していると考える通俗的な科学観は修正しなければなりません。
【まとめ】
- アインシュタインは、宇宙は永遠に不変と信じていたので、相対性理論(重力方程式)に根拠のない小細工を施して定常宇宙の解を導き出した。そして、ハッブルの法則が発見されてやっと膨張宇宙モデルを受け入れた。
- ビッグバン理論が提起されたころ、永遠の昔から宇宙の至る所で物質が定常的に作り出されながら膨張していると想定する定常宇宙論が作られた。
- 宇宙背景放射のわずかな揺らぎがインフレーション理論で説明されたことによって、インフレーション・ビッグバン理論が宇宙論の標準理論となった。
【次回】
- インフレーション理論の出発点、すなわち「“無”からの宇宙誕生説」と、それが抱えている謎を明らかにします。
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