前回、ニュートンは、自然は神によって統治されていると主張した神秘主義者であり、機械論的自然観に反対していたのに、彼の後継者によって機械論者に祭り上げられたことをお話ししました。
今回は、太陽系が混沌状態(今日カオスと呼ばれる状態)にならないように、神が常に手直ししているとニュートンが考えていたことを説明します。そして、これに反対したラプラスが、世界のすべての現象の未来は予測できると想定する決定論的世界観を強く主張したことを紹介します。
【今回のワンポイントメッセージ】
- ラプラスが決定論的世界観を声高に主張して広めた時をピークとして、決定論は衰退し始めた。
カオスを予感したニュートン
ニュートンは、太陽系の惑星と惑星の間に働いている弱い引力の相互作用によって、惑星の軌道が本来の楕円からわずかにずれることに気付いていました。そのまま放置すると、小さなずれが累積されて大きくなり、太陽系がバラバラの混沌状態、つまりカオス(次回説明します)になると懸念されます。そこでニュートンは、「神が定期的に、ここぞという時に軌道を元に戻しているので太陽系が安定して存在している」と考えていました。
科学史家は次のように書いています。
「われわれにとって、ニュートンの発見の意味は、世界はすべて機械であるという結論を示している。しかしニュートンはそうではないことを主張していた。彼は、神を、常に宇宙の持続に熱中しており・・・小さな誤りを常に訂正している存在者とみなしていた。ニュートンの神は機械ではなかった」(H・カーニー著『科学革命の時代――コペルニクスからニュートンへ』中山茂、高柳雄一訳、平凡社(1983年)202頁)
機械論的な世界観に反対していたニュートンは、神がすべての現象を絶えず検知し、自然界に手直しを加えて世界の秩序を保持していると考えていたのです。
ニュートンに反対したラプラス
このように神の介入を想定したニュートンに対して、フランスの数理物理学者(数学と物理学の境界領域を探究する学者)ピエール・ラプラスが異を唱えました。
ラプラスは、太陽系に関してニュートンよりも単純化された数学的モデルを考え出して、太陽系は永遠に安定な状態をとり続けるだろうと主張したのです。
ラプラスはこのような内容を『天体力学』と題した書物に著し、19世紀初頭にナポレオン総督(後の皇帝)に献呈しました。有能な数学者でもあったナポレオンは、「この書物には、神のことが書いていないようだが」と問いただしました。すると、ラプラスは「陛下、私はそのような仮定を必要としないのです」と答えました。
ラプラスは、太陽系が安定していることを理論で示し、神による手直しは不要であると断言したのです。そして、物理学から神を完全に閉め出して、太陽系の動きはニュートン力学で完全に説明できると唱えました。
決定論的世界観がピークに達した時――「ラプラスの悪魔」の登場
さらにラプラスは、この世界のすべての現象がニュートン力学によって支配され、決定されていると考える決定論的な世界観を吹聴(ふいちょう)しました。すなわち彼は、別の著書の中で「ある瞬間に、宇宙のすべての物質の状態とそれに働く力とを知ることができ、またそれを解析できる知性が存在するなら、それは未来永劫にわたる宇宙の状態を予測することができるだろう」と主張しました。
この“知的存在”はその後「ラプラスの悪魔」と呼ばれています。ラプラスは、神の代わりにこの仮想的な知的存在の力を借りて、原理的に世界の将来は現在の状態によって決定されており、ニュートン力学で予測できるはず、と唱えたのです。
科学史家たちは、この時に決定論的な自然観がピークに達したと論じています。その後、ラプラスの理論が否定され、決定論的世界観が衰退していったのです。
【まとめ】
- ニュートンは、太陽系がカオス(混沌状態)にならないように神が常に手直ししていると考えた。
- ラプラスは、太陽系は安定しておりニュートン力学で完全に説明できると唱え、物理学から神を完全に閉め出した。
- ラプラスが、世界のすべての現象の未来は予測できると唱え、決定論的世界観を広めた時をピークとして、決定論は衰退し始めた。
【次回】
- ラプラスの決定論が崩壊し、カオス理論が生まれた経緯を説明します。
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