神様は聖いお方です
神様は、人間と真反対で聖いお方であって、一点の罪もありません。そして、とことん罪を憎むお方です。罪と同居することができません。神様は徹底的に聖いので、聖くないものを受け入れることができません。聖くないものが神様に近づくと、それを焼き尽くしてしまいます。ということは、罪人は決して神様に近づくことができないということになります。罪のかたまりであるような人間が神様に近づこうとしたら、死ぬしかありません。それほど、神様は聖いのです。ですから、神様に受け入れてもらおうとするなら、罪を捨てて神様と同じように聖くなる以外に方法はありません。
ちょっと違うかも知れませんが、神様は太陽のようなものだと考えることができるかもしれません。ギリシア神話に出てくるイカロスという人は、羽根をつけて得意になって天に昇って行ったら、だんだん羽をくっつけていたろうが溶けて、羽がバラバラになって、そのまま飛べなくなって墜落してしまいましたが、それどころではありません。太陽にもし何かを投げ込んだら(もちろんそんなことはできませんが)、その物体は、ジュウッと音を立てる間もなく燃え尽きてしまうでしょう。神様の場合も同じです。神様にふさわしくないものは、燃え尽きてしまいます。これは、ばちが当たるのとはちょっと違います。ばちというのは、何か私たちがいけないことをしてしまったときにくだるものです。しかし、神様の場合は、私たちが何かをしたとかしないとかに関係なく、聖くないものは受けつけないというご性質から来るものなのです。
それは大変だとお考えになりますか。でも、人間と同じで聖くない神様など信じる価値がないと思いませんか。人間と同じように人を憎んだり、人を裏切ったり、嘘をついたりするのが神様だったら気楽かもしれませんが、信じたところで何の役にも立ちません。聖いからこそ、私たちが信じる価値があるのです。
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浜島敏(はまじま・びん)
1937年、愛知県に生まれる。明治学院大学、同大学院修了。1968年4月、四国学院大学赴任。2004年3月同大学定年退職。現在、四国学院大学名誉教授。専攻は英語学、聖書翻訳研究。1974、5年には、英国内外聖書協会、大英図書館など、1995、6年にはロンドン大学、ヘブライ大学などにおいて資料収集と研究。2006年、日本聖書協会より、聖書事業功労者受賞。2014年7~9月、ロンドン日本語教会短期奉仕。神学博士。なお、聖書収集家として(現在約800点所蔵)、過去数回にわたり聖書展示会を行う。国際ギデオン協会会員。日本景教研究会会員。聖書の歴史、聖書翻訳に関する著書・翻訳書、論文多数。