ところざきりょうこ
1978年生まれ。千葉県在住。2013年、日本ホーリネス教団の教会において信仰を持つ。2018年4月1日イースターに、東埼玉バプテスト教会において、木田浩靖牧師のもとでバプテスマを受ける。結婚を機に、千葉県に移住し、日本バプテスト連盟花野井バプテスト教会に通っている。※旧姓さとうから、結婚後の姓ところざきに変更いたしました。
1978年生まれ。千葉県在住。2013年、日本ホーリネス教団の教会において信仰を持つ。2018年4月1日イースターに、東埼玉バプテスト教会において、木田浩靖牧師のもとでバプテスマを受ける。結婚を機に、千葉県に移住し、日本バプテスト連盟花野井バプテスト教会に通っている。※旧姓さとうから、結婚後の姓ところざきに変更いたしました。
昨日、一昨日と使徒行伝を読み、パウロの嵐のような伝道の道を心は共に旅した。なぜこれほどに険しい道のりを神様はパウロや弟子たちにお許しになったのだろうか。そして、たけだけしくこの世の試練に立ち向かうパウロの燃えた心に、私の心も熱くなった。
クリスチャン以外は天国に行けないと、御言葉を基に説かれるたび、私たちの心は深く傷つきはしないだろうか。クリスチャンではない親族や友を愛するが故に、「この人が御救いにあずかれないとは・・・」と頭を抱えることもある。
イエス様がゲツセマネの園で祈っているときに「目を覚ましていなさい」と命じておいた弟子たちが、皆眠りに落ちてしまった。木々の葉が風にかすれる音の響く静寂なる夜に、にわかに忍び寄ってくる殺意の匂い・・・。
いつも喜んでいたい、聖霊様に満たされて幸せな私であって、光のようにイエス様の栄光を現したい。そんなふうに願っていても、どうしてか悲しみが心におとずれる。むなしさ、寂しさ、悲しみが・・・。そして心はどんよりと湿り、喜びは影をひそめる。
ある夜目覚めると、私は知らない部屋におり、壁に貼られた大きなスクリーンには不穏な白い色が映し出され、不気味に発光していた。ここはどこか、とおびえてしばらくすると、ここは自分の部屋の寝室であり、白いスクリーンだと思ったものは…
夫のがんが分かった当初、夫を失ったら私はどうやって暮らしてゆけばいいのだろう、と不安な気持ちに押しつぶされそうになった。心がふさぎ込み、潰れそうになった私を、牧師先生や義両親、親族は「大丈夫だ」とその根拠までも共に考え、励ましてくれた。
イエス様の、くぎに刺し通された傷跡の灼熱(しゃくねつ)の痛みの中にハデス(地獄)があるようだと私はよく思ってきた。そのおどろおどろしい罪の灼熱の痛みにこそ、私たちが堕ちるべきであった罪の報いの世界があるのだ、と。
夫は化学療法のための1カ月半に及ぶ入院生活を終えて、わが家に帰ってきた。ちょうど夫が入院している1カ月半、私も心労から体調を崩して入院してしまい、この連載もお休みさせていただいていた。
夫の右上顎から目の下まで、そして首筋のリンパをも切り開く手術が行われた。手術は8時間半におよび、夜の9時近くに、無事に終わった。ICUで横たわる夫の姿に、体だけは丈夫だった今までの夫には感じたことのなかったいとおしさが込み上げた。
3月の初めに、私の夫は上顎を原巣とするがんの宣告を受けた。提示された生存率は高いとも低いとも言えなかった。私は憔悴(しょうすい)し、ろうばいし、泣いた。主のなさることは最善であるということを疑うことはなかったが…
私の人生はどこかしら、暗い陰のあるものであった。人生は不平等だ。不幸せに生まれつくと、誰もが平等で、皆どこかしら不幸せなものだと信じたがる。しかし多分、そうではない。
筆者は17歳の頃から統合失調症をはじめとしたさまざまな精神病と共に歩んできた。昨年10月にイエス様の愛された土地で戦火が燃え始めた。私はそのことをきっかけに、4度目の統合失調症の急性期に襲われた。
17歳で統合失調症と診断されてから、私にはさまざまな苦しみがあった。その病名は、複雑性PTSDとも、解離性障害とも、うつ病の併発とも言われた。私が20代の頃は多剤処方がまかり通っていたため、一日に20錠以上の薬を処方された。
クリスチャンになったところで孤独な心は置いてきぼりで、見渡すと、ずいぶん清潔な所に暮らしているものだと人ごとのように思うばかり。2月の11日に退院後、初めて教会に行くと、週報ボックスはいっぱいで、牧師先生からも横川和夫先生の…
私の夫の結婚当初からの口癖は「ともしらが」であった。白髪の老いた2人になっても、仲良くしていたいね、という夫の夢からだ(夫の頭髪が老いるまで残っているかはここでは触れないでおきたい)。
「夜明け前」の掲載から1年近くがたちました。私は、自分の中に居座る暗い思い、くすぶる希死念慮、自傷癖などを乗り越えたいと、依存症に特化する先生によるオンラインサポートを受けていました。
これを読んでくださったお一人お一人の方に、私の話をここまで聞いてくださったことに、心から感謝を伝えたいと思っています。この世界を生きている全ての方に、神様から与えられた素晴らしい物語があることでしょう。
私は人をうらやむ気持ちに苦しんでいた時間がありました。それは、自分とは真逆の、生まれ育ちに恵まれた人に対してでありましたし、また私の身近な叔母も、私のうらやむ人の一人であったのです。
私は「罪」が分かるまで、長い時間を要しました。どんなに教会の学びに通っても、自分の罪が分かりませんでした。「人は皆罪びとだ」と言われても、責め立てられる思いがするばかりで、たとえ私が悪いとしても ‘育った環境が悪かったから’…
自分を傷つけ、壊したい。その衝動は、ずっと私の中にありました。「この社会につぶされて、殺されてしまう前に、自ら死を選ぶんだ」。そんな決意がありました。昔の私にとって、人や社会のまなざしは、私を殺すだけの力を持った恐ろしいものであったのです。