不眠症
人は人生の3分の1を睡眠に費やしており、健康で快適な生活を送るには質の高い睡眠が必要不可欠です。ところが、日本の睡眠問題はかなり深刻です。人間関係での過剰なストレス、睡眠を削るほどの残業、ライフスタイルの深夜化などにより、一般成人の5人に1人が不眠症に悩んでいると言われています。
不眠の結果、疲れやすくなったり、いらいらしたり、集中力が低下したり、時にはうつ状態になってしまうこともあります。不眠がある人は無い人に比べて2倍もうつ病になりやすいというデータもあります。
不眠が現れたらまず、遮音に考慮し、寝室は暗くしておきましょう。暑さや寒さも睡眠を妨げます。16~18度のやや涼しい部屋が最適と言われています。また、寝る直前に入浴すると、身体が暖まり過ぎてかえって眠りにくくなりますから、床に入る1時間以内になったら入浴は避けた方が望ましいでしょう。ウォーキングやストレッチなどの軽い運動も睡眠を助けますが、これも睡眠に入る1時間以内には行わないで下さい。
また、カフェイン(コーヒー、茶)やニコチンの取り過ぎは不眠を悪化させます。カフェインは一日300ミリグラム程度(約コーヒー3杯)を超えるとよくありません。不眠のある人の場合はコーヒーを1日2杯までとして、夕方になったらもう飲まないようにしましょう。
不眠症の人の特徴は、「今晩もまた眠れないのではないか。眠れないと神経がどうかしてしまうのではないか」などと過剰に恐れていて、夕方頃から睡眠のことを心配し出します。そもそも人間の睡眠欲、食欲、性欲は意志とは逆の反応をします。「眠らなければ」と思うと眠れなくなりますし、「食べてはいけない」と言われると食べたくなります。これをふまえるとフランクルが提唱した逆説志向が有効な場合があります。無理に寝ようと思わないで「2、3日くらい寝なくてもいいや。寝なくても死にはしない」と開き直ることです。そうすると神経の高ぶりがおさまり、かえって眠りやすくなるという考え方です。
先進国の中では、日本人は不眠症であっても我慢するか、アルコールで対処することが多い不思議な人たちです。「眠剤を飲むと癖になる、ぼける」などの偏見が多いからです。確かに古いタイプの眠剤(例えばハルシオン、レンドルミン、デパスなど)は少し依存的になることがありますが、新しいタイプの眠剤(マイスリー、アモバン、ルネスタなど)は癖になることが少なく、正常と同じ深い睡眠を作り出すことができると言われています。最近は、睡眠を誘発する脳内物質であるメラトニンを増やす薬剤(ロゼレム)も使用されています。いずれにしても、アルコールを用いると、自覚的には寝たつもりでも浅い睡眠ばかりが増え、神経を痛めていくのでぜひ避けて下さい。
一方、不眠はうつ病やパニック障害などの精神疾患や身体疾患の症状の一つとして現れていることもあるので注意が必要です。たとえばいびきがひどく、更に日中に眠気を伴う場合は、睡眠時無呼吸症候群という病気が疑われます。これは夜中に百回以上も呼吸が止まる病気で、特別な治療が必要です。
またむずむず脚症候群は、寝ようとして布団に入ると何か足のふくらはぎあたりがムズムズとして、横になっていることが辛くなり、足を動かしたくなります。貧血やドーパミン神経のバランスが崩れた時に起こりやすいと言われています。
私たちはその日にやり残したことが多いと感じたり、その一日を悔やんだりすると眠りにくくなります。また、明日のことを思い煩っても寝付けません。どんな一日であっても神様が導いて与えて下さったことを感謝し、明日も新しい日を神様が備えてくださると信じる時、心地良い眠気が訪れます。
「平安のうちに私は身を横たえ、すぐ、眠りにつきます」(詩篇4篇8節)
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浜原昭仁(はまはら・しょうに)
金沢こころクリニック院長。金沢こころチャペル副牧師。1982年、金沢大学医学部卒。1986年、金沢大学大学院医学研究科修了、医学博士修得。1987年、精神保健指定医修得。1986年、石川県立高松病院勤務。1999年、石川県立高松病院診療部長。2005年、石川県立高松病院副院長。2006年10月、金沢こころクリニック開設。著書に『こころの手帳―すこやかに、やすらかにー』(イーグレープ)。