だれでも大きな失敗や人間関係の問題が起こると、気分が落ち込むことがあります。しかし、たいていの場合は、数日で回復してまたがんばろうという気持ちがわいてきます。ところが、2週間以上たってもいつまでも気分が沈んでいて、元気が出ない状態が続く場合はうつ病の可能性があります。
うつ病の場合は朝起きた時の気分がすぐれないのが特徴です。何ともいえない心のもやもや感が目覚めとともにあらわれます。また、笑えなくなり、生活から喜びが消えます。そしてため息が増えます。
思考も消極的で、何かと自分を責めるようになり、すべて自分が悪いのだと考えるようになります。さらに、不眠、食欲不振、頭痛、肩こり、倦怠感などの体の症状も加わってきますので、初めは内科を受診することが多いです。
似たような病気に双極性障害うつ状態があります。昔、躁うつ病と言われていた疾患ですが「うつ」の状態と「躁」の状態が交互に現れ、うつ病以上に再発しやすい病気です。双極性障害の「うつ」の状態が「うつ病」と似ているために、うつ病と同じだと誤解されていることが多いですが、両者は治療がかなり違うので診断に注意が必要です。
燃え尽き症候群(バーンアウト)とは、熱心に仕事などに打ち込んでいた人が、突然意欲を無くし、無気力状態になってしまう状態で、一種のうつ病です。絶え間ないストレスが持続すると生じやすく、献身を美徳とされる職業(牧師、教師、医師、看護師など)に多いといわれます。他にも仕事一筋のビジネスマン、子育てを生きがいとしている主婦、受験生などにもよくみられます。
うつ病は、子どもから老人までどの年代でも発症し、特に中年期以降から発症が増加します。生涯に男性は10人に1人、女性は10人に2人がかかる可能性があり、たいへんありふれた病気ですが、正しい診断と適切な治療が行われれば、80~90%の人は回復します。うつ病の治療は、休養、薬物療法、精神療法の3つが基本です。その中でも最も大切なことは、あせらずゆっくり休むことです。
うつ病の人は言葉にとても敏感になっているので、慎重に言葉を選ぶ必要があります。望ましい言葉の例を挙げますと「無理しなくていいからね。そのままでいいですよ。あせらず、ゆっくり休みましょうね。もうがんばらなくていいですよ。つらいでしょうね」などです。
逆に言ってはいけないことは、「あなたの人格に問題がある。努力や根性が足りない。我慢が足りない。もっとがんばらないと。病気に逃げてるんじゃないの。信仰が足りない。悔い改めていない罪があるのではないか」などです。
特にクリスチャンの場合、うつによって信仰心が薄れ、感謝や喜びが消え、罪意識が高まるので大変に苦しい思いをします。立派な牧師先生も何人か治療させていただきましたが「強い信仰があれば、心の病気にかかるはずがない」という偏見に悩まされ、なかなか病気を認められません。また、心の病気を信仰の問題と重ねてしまって、余計に悩むのです。
フロイトの精神分析によれば「頼っていた人や愛していた人と何らかの理由で別れてしまった時、その人への怒りが生まれる。それを自分でいけないと思い、その怒りを無意識のうちに自分に向けてしまう」というのがうつの原因だと考えられました。自殺とは究極の自分への怒りということになります。しかしこのような仮説で治療しても、うつ病はあまり良くなりません。
精神療法で治療効果が確かめられているのは、認知行動療法と呼ばれている心理療法です。人間の感情は、その人が自分のまわりで起こる出来事を、どう考えるか、どのように判断するかによって影響を受けています。たとえば、うつ病の人はものの見方や考え方が、現実以上に悲観的であることが知られています。そのような悲観的すぎる物の見方や考え方を、もっと現実的な考え方に変化させることで、憂うつな気分を和らげたり、うつになるのを予防したりする治療法を認知行動療法(認知療法)といいます。
うつ病の人は「自分は何もできなくなったから価値がない」と言います。しかし、聖書は「人は何もできなくても、存在しているだけで価値があるのだ」と語っています。うつ病の人に大切なのはこのようなメッセージです。「神は無条件にあなたを愛してくださる。何もできなくてもありのままのあなたを受け入れてくださる。世界中のすべての人が敵にまわろうと、最後まであなたのことを信じて、待ってくださる」。このような母のような神の愛に目をとめることです。神の愛には「あるがまま」で愛されるという母性愛の側面と「あるべきもの」を期待され愛されるという父性的側面がありますが、うつの回復に必要なのは前者です。
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」(マタイ11:28)
自分の存在の意味と未来が信じられるようになると、うつ病の回復も早くなります。
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浜原昭仁(はまはら・しょうに)
金沢こころクリニック院長。金沢こころチャペル副牧師。1982年、金沢大学医学部卒。1986年、金沢大学大学院医学研究科修了、医学博士修得。1987年、精神保健指定医修得。1986年、石川県立高松病院勤務。1999年、石川県立高松病院診療部長。2005年、石川県立高松病院副院長。2006年10月、金沢こころクリニック開設。著書に『こころの手帳―すこやかに、やすらかにー』(イーグレープ)。