摂食障害
摂食障害は1970年代以降、先進国で増加しており、食欲という本能的な行動が障害される不思議な病気です。若い女性に多く、1~3%の頻度で見られ、まだ原因や治療法が解明されていない難しい病気です。過食症(神経性過食症)が圧倒的に多く、拒食症(神経性やせ症)はまれです。食行動だけでなく、不安、抑うつ、イライラ感、引きこもり、自傷行為や自殺等の精神症状も伴います。
普通はまず、自分のスタイルを過剰に気にして、ダイエットすることから始まります。そして、やせ始めると次第に快感を味わいます。ところが、ある時期を過ぎると、今度は食べたくて我慢できず、過剰に食べてしまいます。過食した後には罪責感と太るのではないかという強い恐怖に襲われます。すると食べた物を吐いてしまうことで、体重をコントロールするようになります。あるいは大量の下剤を使うこともあります。この嘔吐がやっかいです。普通食べれば太りますから、どこかで歯止めがかかりやすいのですが、食べ物を吐いてしまえば、どれだけでも食べられるからです。また、意図的に食べ物を吐き出してしまうという行為は、後に強い罪責感と自己嫌悪感を沸きおこし、うつの準備状態を作ってしまいます。嘔吐が無い人は治療が容易です。
本格的な拒食症の場合は、自分がひどくやせていることが自覚できなくなります。あばら骨がくっきりと浮き出して見えるようなひどいやせ方なのに、まだ自分が太って見えるという認知の歪みがあります。体重が40キロを超えるとどんどん際限なく太るのではないかという恐怖に襲われて、更に嘔吐が悪化します。
病気の進行と共に生理も止まります。治療には薬物療法はあまり効果がなく、精神療法や認知行動療法が中心ですが、体重が30キロを切るほどにやせ過ぎている場合は入院治療が必要ですが、入院に強い恐怖を持っていて、同意する人はあまりいません。日本における死亡率は7%と極めて高く、非常に危険な病気です。特に過食の後にたくさん嘔吐してやせている人は死亡率が16%にも達します。
摂食障害の人の家族から話を聞くと、昔は典型的ないい子だったといいます。本人からするといい子を演じていただけで、魂は「生きるのがつらい、苦しい」と悲鳴をあげているのです。完全主義の人が多く目標が高すぎるので、どれだけがんばってもそこに至れず、敗北感を抱き、自分に自信が持てません。そして誰もこんな自分を受け入れてくれないと感じています。
「愛情に飢えている」という表現が使われるように、食生活と愛情すなわち人間関係は密接なつながりがあります。人はストレスにさらされて寂しくなると、過食になりやすく、干渉されすぎたりなど過保護の時は、拒食になりやすいと言われます。
ふつう過食する時は、人がいなくなった台所や自分の部屋で、一人で黙々と食べます。ラーメン5、6杯、チャーハン5、6人分、おにぎり10個など、胃が破裂しそうになってもまだ食べ続けます。みんなと会話しながら食事を楽しむことができません。信頼できる人が近くから消えてしまい、代わりに体が食物を求めるようになったのです。ですから、友人や家族とわいわいとおしゃべりしながら食事を取る練習をすることは、治療の助けになります。また1、2時間以上も食べ続けた後に、急に太るという恐怖が襲ってくるので、すぐに嘔吐したくなるのですが、その嘔吐するまでの時間を、1時間でも2時間でも我慢していくことも治療として指示します。
ある患者さんは、自分を受け入れてくれる友人との出会いで、劇的に良くなりました。一方、過食と嘔吐が毎日あるにもかかわらず、夫にさえ打ち明けられず悩んでいる人もいます。もし、本当の自分を知らせたら、拒絶されるのではないかと恐れているのです。太っていようとやせていようと、「今の自分が好き」と思えるようになれば、病気にはなりません。
異常な食行動は心の歪みの信号のようなものですから、食事の量ばかりに目を奪われずに、その人の生き甲斐や対人関係の修復を図っていくことを治療の目標にしていきます。食べても食べなくてもいいから、何か仕事をしてみよう、簡単なアルバイトでも、家事でもいいから体を動かしてみようと勧め、何か役割を果たしていけるように促します。
家族の人は、むちゃ食いや吐いたことを見ると、意志が弱い、性格が歪んでいるなどと解釈して、叱ったり、怒ったり、説教したり、嫌悪感をいだいたり、泣いたりしますが、どれも逆効果です。「食べ過ぎたり、吐いたりするのは病気のせいだから」と理解し、決して本人を責める気持ちを持ってはいけません。つかず離れずの適切な心理的な距離を保ち、体型や食事の話題は避けるようにします。そして、あまりアドバイスはせずに、本人の言うことを黙って聞いて、病気ごと受け入れてあげてください。
一方、自閉症の人たちにも摂食障害に類似した食事や体重へのこだわりが見られ、摂食障害の10~20%が自閉症を合併していると言われていますので注意が必要です。
摂食障害の人は自分の外見がスマートで、その人に気に入られた時だけ受け入れてもらえるという「条件付きの愛」に強く縛られていると言えます。聖書には「人はうわべを見るが、主は心を見る」(Ⅰサムエル16章7節)とあります。神様の「無条件の愛」を知ることが治療の大きな助けになることでしょう。
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浜原昭仁(はまはら・しょうに)
金沢こころクリニック院長。金沢こころチャペル副牧師。1982年、金沢大学医学部卒。1986年、金沢大学大学院医学研究科修了、医学博士修得。1987年、精神保健指定医修得。1986年、石川県立高松病院勤務。1999年、石川県立高松病院診療部長。2005年、石川県立高松病院副院長。2006年10月、金沢こころクリニック開設。著書に『こころの手帳―すこやかに、やすらかにー』(イーグレープ)。