
菅野直基
1971年東京都生まれ。新宿福興教会牧師。子ども公園伝道、路傍伝道、ホームレス救済伝道、買売春レスキュー・ミッションなどの地域に根ざした宣教活動や、海外や国内での巡回伝道、各種聖会での賛美リードや奏楽、日本の津々浦々での冠婚葬祭の司式など、幅広く奉仕している。日本民族総福音化運動協議会理事。
1971年東京都生まれ。新宿福興教会牧師。子ども公園伝道、路傍伝道、ホームレス救済伝道、買売春レスキュー・ミッションなどの地域に根ざした宣教活動や、海外や国内での巡回伝道、各種聖会での賛美リードや奏楽、日本の津々浦々での冠婚葬祭の司式など、幅広く奉仕している。日本民族総福音化運動協議会理事。
結婚をしていない男女が、婚前あるいは、婚外交渉を持つことを自由恋愛というそうです。言葉自体は美しいですし、自由に恋愛することは何も悪くはありません。しかし、聖書は、婚前(婚外)交渉を「罪である!」と断言します。
先日、仕事の合間にお腹がすいたので、自宅近くの「すき家」を通り越して、「松屋」に行きました。一度、新しく出た「プレミアム牛丼」を食べてみようと思いました。
私の仕事は、毎日いろいろな人に会いますし、とても変化に富んでいます。器用でない私は、ストレスを感じることがあります。大きなストレスは心を破壊してしまいます。
私たち人間のアイデンティティは一体何でしょう?今偶然ここに存在している、今必然的に存在している、このどちらかです。偶然に存在するという考え方は、進化論的人間観から出てきます。
普通日本では、「あなたを愛しています」という言葉は恥ずかしくて使えない言葉です。その一つの要因は、仏教の影響があるかも知れません。
目の前には頭が痛くなるような事務仕事があり、時折大きなプレッシャーを感じるようなイベント仕事があり、毎週日曜日は教会で説教があります。それら一つ一つをいっぺんに考え、やろうとしたら、心も体も忙しくなり、大きなストレスで潰れてしまいます。
ドイツに、「どうにもならないことは、忘れることが幸福だ」ということわざがあります。「どうにもならないこと」とは、変えられないこと。変えられないことをくよくよ考え、変えようとしても解決のない悩みを抱え続けるだけです。
「案ずるより産むが易し」ということわざがあります。「事前にあれこれ心配するよりも、実際にやってみると案外たやすい」(広辞苑)という意味です。
思い通りに行かないと、「コレさえなければ幸せなのに!?」と考えてしまうことはないでしょうか。でも、そう考えている限り、幸せはいつまでたってもあなたのもとには来ません。
自分に自信がない人は、人からちょっと評価されると、舞い上がって得意になりますが、人から評価されないと、がっかりして落ち込んでしまうものです。
心に愛という血液のめぐりが悪くなると気分が悪くなり、心にコリが生じてイライラするようになり、心の調子が悪くなります。これを解決するためには、心に愛を循環させることです。
人生は、「4つ」の「ション」によって動かされ、豊かになって行きます。「Passion」「Vision」「Mission」「Action」の4つです。「Passion」には、2つの意味があります。1つめは「情熱」で、2つめは「(キリストの)受難」です。
今だから言えるのだと思います。私が出会った人みんなが「我が師」です。私の両親、兄弟、親戚、幼稚園の先生、小学校・中学校・高校・大学の先生、友達、親友、妻、同僚、先輩、後輩、様々な業種の人たち、教会内外で出会う人たち、全てが私の師です。
「一生の間、幸せでいたいなら、正直に生きなさい」これにもうひとつ加えたいことがあります。「永遠に、幸せでいたいなら、神を信じなさい」
人には、打ち明けたいけれど、言えない悩みがあるものです。そうじゃないでしょうか?自殺など、取り返しがつかないことが起こってしまった後に、「誰かが聞いてあげられたら、こんなことにはならなかったのに・・・」と言われることがあります。
人生とは、思い通りに行かないから面白いのかも知れません。自分の思い描いた通りにことが進んだとしたら、きっと退屈になってしまいます。
私の両親はクリスチャン(キリスト教徒)です。クリスチャンの家庭に育つことで、自然に神様の存在を意識しました。
「気分がさえない」「体調が優れない」というのは、体が発する「黄色信号」です。今のままだと、やがてそれが「赤信号」に変わり、うつになったり、健康を損なったり、心や体の健康を損なってしまう可能性があります。
朝5時過ぎに、すぐ近くで男性と女性が言い争う声が聞こえました。私は、「またいつものことだ!?」と思って、もうひと眠りしようかと思っていたら、妻が、「どうやら男性が女性に暴力をふるっているようだから助けてあげてほしい」と私を起こしにきました。
「人生いばらの道にもかかわらず宴会」。この言葉は、医学博士であり、順天堂大学医学部病理学教授の「樋野興夫医師」の言葉です。