「皆さんにお願いします。どのような宗教をお持ちであれ、どうかその日(戴冠式の日)、私のために祈ってください。私がこれから行う厳粛な約束を果たすために、神が知恵と力を与えてくださるように、また生涯にわたって、神と皆さんに忠実に仕えることができるように祈ってください」
1952年、即位後初めてとなるクリスマスメッセージ(英語)で、エリザベス女王は英国民、また英連邦の人々に、このように祈りを求めた。
この年の2月6日、父の国王ジョージ6世が56歳の若さで死去。長女のエリザベス女王は当時、病気の父に代わり、英連邦を巡る外遊のためケニアに滞在していた。父の死去は、まだ25歳だった自身が英国の君主、また英連邦の元首に即位することを意味しており、エリザベス女王は夫のエディンバラ公フィリップ殿下と共に急ぎの帰路に就いた。
王位就任の正式な儀式である戴冠式は、即位から16カ月後、クリスマスメッセージで祈りを求めてから半年後の1953年6月2日、ロンドンのウェストミンスター寺院で行われた。英国の戴冠式は千年近い伝統があり、英国国教会の主席聖職者であるカンタベリー大主教が導き、式では聖書の贈呈や聖餐式も行われる。「私はここに誓ったことを果たし、守ります。神よ、助けたまえ」。女王はこの式で、英国と英連邦各国の法律を遵守し、英国国教会の教義を守ることを宣誓。その模様は史上初めてテレビでも放映された。
戴冠式を終えたその日の夜、女王はスピーチ(英語)で、半年前のクリスマスメッセージで求めた祈りに触れ、「この記念すべき一日を通して、皆さんの思いと祈りが私と共にあることを知り、胸が高鳴り、力づけられました」と感謝を表明。「多くの人々が私に誓われたように、私も誠心誠意、皆さんのために尽くすことを誓いました。生涯を通して、また心を込めて、皆さんの信頼に応えられるよう励みます」と、生涯をかけた奉仕を改めて誓った。
一方、女王は自身の戴冠式について、「過ぎ去った権力と栄光の象徴」ではなく、「未来に対する希望の宣言」であり、「神の恵みと憐(あわ)れみによって、女王として統治し、皆さんに仕える年月の宣言」だと話した。
英国の君主は、英国国教会の「信仰の擁護者」「最高統治者」という宗教的な役割も担い、首相の助言に従い、大主教や主教、主席司祭の任命などを行う。こうした行為は伝統に従うものだが、『エリザベス女王の信仰(原題:The Faith of Queen Elizabeth)』の著者であるダッドリー・デルフス氏は、米クリススチャニティー・トゥデイ誌に掲載した寄稿(英語)で、「女王の信仰は、歴史的伝統に対する敬意から生まれた産物以上のものです。女王はその治世を通じて、自らの信仰の重要性を説き、それを国民に勧めました」と述べている。
女王が自らの信仰を明確に言い表したものの一つに、2000年のクリスマスメッセージ(英語)がある。そこでは、イエス・キリストの誕生から十字架上の死、またキリスト教がその後に及ぼしてきた世界的な影響を語りつつ、自身が抱く信仰について次のように語っている。
「私にとっては、キリストの教えと、神の御前で求められる私自身の説明責任が、私の人生を導くための枠組みとなっています。私は多くの皆さんと同じように、困難な時にキリストの言葉や模範から大きな慰めを得てきました」
また、妹のマーガレット王女、母のエリザベス王太后が亡くなった2002年のクリスマスメッセージ(英語)では、次のように語っている。
「私は、良い時も悪い時も、自分の信仰にどれほど頼っているかを知っています。毎日が新しい始まりです。正しいことを行い、長い目で見、その日その日にベストを尽くし、神に信頼することが、私の人生を生きる唯一の道であることを知っています。自分の信仰からインスピレーションを得ている他の人々と同じように、私はキリストの福音にある希望のメッセージから力を得ています」
英慈善団体「クリスチャン・インクワリー・エージェント」(CEA、英語)によると、毎年のクリスマスメッセージは、エリザベス女王が自ら原稿を書いている数少ないスピーチで、女王の思いが直接的に表されている。クリスマスメッセージで女王が最も頻繁に引用した聖書の話は、ルカによる福音書10章にある「善きサマリア人」の例え話。1985年、1989年、2004年、2020年の過去4回のメッセージで言及している。
その中の最も新しく、またコロナ禍のただ中にあった2020年のクリスマスメッセージ(英語)では、次のように述べている。
「私たちは、見知らぬ人々の親切に感激し、たとえ最も暗い夜であっても、新しい夜明けに希望があることに安らぎを覚え続けているのです。イエスは『善きサマリア人』の例え話でこのことに触れています。強盗に襲われ、道端に置き去りにされた男性を、宗教や文化を共有しない人が救ってくれたのです。この素晴らしい親切の物語は、今日においても同じ価値があります。性別や人種、背景を問わずに全ての人に配慮と敬意を示し、私たち一人一人が神の目においては特別で平等であることを思い出させてくれる善きサマリア人たちが、社会のあらゆる所にいます。キリストの教えは私の内なる光であり、共に礼拝することの中に、私たちは目的意識を見いだすことができます」
こうした女王の信仰は、さまざまなキリスト教指導者も証ししている。英国国教会のカンタベリー大主教ジャスティン・ウェルビーは、女王の死去を受けて発表した声明(英語)で、「忠実なキリストの弟子として、また英国国教会の最高統治者として、女王陛下は日々の生活の中で信仰を実践されました。神への信頼と深い愛は、彼女が1時間1時間、1日1日をどのように生き、人生を送るかの基礎となるものでした」と述べている(関連記事:エリザベス女王死去、歴代最長70年在位 カンタベリー大主教「忠実なキリストの弟子」)。
ローマ教皇フランシスコは、女王の長男で新国王に即位したチャールズ3世に送った弔電(英語)で、「英国と英連邦のためにたゆまぬ奉仕をされたその生涯、職務への模範的な献身、イエス・キリストにある信仰の確固たる証し、またその約束において固く抱いていた希望に対し、敬意を表します」と述べ、在位70年にわたった女王の奉仕と信仰の生涯をたたえた。
また、デルフス氏によると、2018年に99歳で亡くなった米大衆伝道者ビリー・グラハム氏は、女王と60年以上にわたる親交があったという。ビリー・グラハム伝道協会は、女王の死去を受け、グラハム氏が自伝書『いさおなきわれを(原題:Just As I Am)』の中でつづった女王とのエピソード(英語)を紹介。これまでの2人の出会いをまとめた写真も複数公開した。
「女王はその公的な立場から、私たちの伝道集会を公然と支持することはできませんでした。しかし、ウィンザー城(女王の公邸)やサンドリンガムハウス(女王の私邸)で何度か王族を前にして私たちを歓迎し、説教させることで、彼女は私たちの使命を静かに支持してくれました」
またある時には、クリスマスメッセージを準備していた女王が、英国滞在中のグラハム氏を呼び寄せ、スピーチの練習を聞かせ、感想を求めてきたこともあったという。「女王はいつも聖書とそのメッセージに非常に興味を持っていました」とグラハム氏は述べている。
一方、女王が自身の信仰を積極的に公言するようになったのは、女王と74年にわたって連れ添い、昨年4月に99歳で亡くなったフィリップ殿下の影響があったという。『神よ女王を守りたまえ(原題:God Save the Queen)』の著者であるイアン・ブラッドリー牧師は、「2000年の(クリスマス)放送で、女王は自身のキリスト教信仰とそれが自身に与えた影響について非常に感動的かつ力強く語り、視聴者から極めて好意的な反応を得ました。そして、そうするように女王を説得したのは、実にフィリップ殿下だったのです」と話している(関連記事:フィリップ殿下、キリスト教信仰を語るようエリザベス女王を説得 神学にも強い興味)。
90歳の誕生日を迎えた2016年には、ロンドン現代キリスト教研究所(LICC)のマーク・グリーン所長との共著で、『仕える女王と彼女が仕える王(原題:The Servant Queen and the King She Serves)』を出版。自ら執筆した序文では、「私はこれまでもまた今も、皆さんと皆さんの祈り、そして神の揺るぎない愛に心から感謝しています。私は確かに、神の誠実さを目の当たりにしてきました」とつづっている。
女王の葬儀は、9月19日に戴冠式が行われたウエストミンスター寺院で行われる。その後、遺体はウィンザー城に運ばれ、敷地内にあるセントジョージ礼拝堂内に埋葬される。