マルコによる福音書
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主キリストの贖いの価値を忘れない 万代栄嗣
最近はAIやロボット技術が目覚ましく発展し、医療の現場でも、かつては熟練の職人芸と言われた「麻酔」の管理をコンピューターが代行する時代になっています。人間の命を救う技術は進歩しましたが、私たちの魂の救いや罪の清めに…
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天にお金は積めません(その3) マルコ10章17〜22節
悲しみながら去っていった金持ちの男。何ともやるせない気持ちになる。聖書で語られている事柄を映像として思い描くのは難しい。ありがたいことに、聖書の場面はしばしば「絵」として描かれる。「絵」から得られるインスピレーションは何ともありがたい。
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天にお金は積めません(その2) マルコ10章17〜22節
「今」達成できたら、これからは楽になるだろうと思うことがたくさんある。「今」十分な富を手にすることができれば、「将来」は随分と楽になるだろうと言えば、分かりやすいだろうか。実際は「そんなことはありません」という答えしか返ってこないだろう。
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天にお金は積めません(その1) マルコ10章17〜22節
せめてお金で解決できたらと思うことがある。そして、それは全く意味のない願望であると、打ちひしがれることもしばしばある。普段、自らの信仰を振り返ることはあるにはあるが、どこまで真剣なのかというと、疑問がある。
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十字架を背負う(その2) マルコ福音書8章31節〜9章1節
宗教というものは、究極的に言えば「表現」である。ただ漠然と存在しているだけでは、時代に淘汰(とうた)されるような気がする。うまく自己表現しなければ、生き残れないのではないか。
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十字架を背負う(その1) マルコ8章31節~9章1節
自らの十字架を背負わなければならない。自らの十字架であって、イエスが背負った十字架ではない。などということは口にすべきではない。なぜかと言えば、イエスの十字架と自らの十字架は別物だと考えるとしたら、イエスと自分を引き離すことになるからだ。
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15人の演者でマルコ福音書を再現、観客をイエスの物語に引き込む「マルコドラマ」
時に笑いを誘いつつも、マルコによる福音書が伝えるイエス・キリストの生涯を、最初から最後まで鮮明に描く演劇「マルコドラマ」が10月、日本で初めて上演された。会場の教会は、予定を上回る観客でいっぱいになり、2回の上演で計約270人が観劇した。
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都合の悪いお言葉(その2) マルコ福音書10章1~12節
私たちは頑固である。とイエスは言われた。確かにその通りなのであるが、心のかたくなさと離婚問題は、どのような関係があるのだろうか。ファリサイ派によると、モーセの律法では「離縁状を書いて離縁する」ことを許しているらしい。
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都合の悪いお言葉(その1) マルコ福音書10章1~12節
キリスト教は離婚を認めているのかいないのか、そんなことは私にはどうでもよいのであるが、夫が妻を離縁するというのは、どうにも穏やかなことではないように思う。夫に妻を離縁する「権利」があるとしたら、それはキリスト教的ではないように思える。
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マルコの証言を通してイエスと出会う90分 「マルコドラマ」日本で初上演
マルコによる福音書が伝えるイエス・キリストの生涯を円形劇場形式で描く劇「マルコドラマ」が10月11日(土)と12日(日)、お茶の水クリスチャン・センター(東京都千代田区)7階のグレースシティチャーチ東京で上演される。
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私の名を使って(その3) マルコ福音書9章38~41節
イエスいわく、「私たちに逆らわない者は、私たちの味方なのである」。正直なところ、これは相当に理解できない言葉だと思う。イエスが言われる「私たち」というのは、イエスと弟子たちのことだろう。
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私の名を使って(その2) マルコ福音書9章38~41節
「私の名を使って奇跡を行い、そのすぐ後で、私の悪口は言えまい」とイエスは言われた。何とも含蓄のある言葉ではないか。イエス・キリストの名を使うというのは、キリスト教の世界では、まあまあ普通のことである。
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私の名を使って(その1) マルコ福音書9章38~41節
キリストの名前を使って悪霊を追い出す、というのは私にはなじみのない行為である。癒やしを頼まれたというのは数回しかなかったが、もちろん、頼んだ相手はキリストの名前によって癒やしを求めているのであって、「私の力」に信頼してくれたわけではない。
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イエスが自分にしてくださったこと マルコ福音書5章1~20節
選挙には行くのであるが、選挙に行かない人を批判する気持ちはみじんもない。25歳くらいのこと、かれこれ40年近く前のこと、正直言ってそれまで選挙に行くことはなかったし、選挙に行くことに何の価値も見いだせなかった。
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信じる者にはどんなことでもできるのです 万代栄嗣
イランとイスラエルの戦争が起こり、心が痛いですよね。お互いに言い分があるのです。悪の連鎖はどこかで断ち切らなくてはなりませんが、人間の理屈では、無理です。神様の前に悔い改めて、一人一人の個人が新しくされるしかありません。
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罪とは都合の良い言葉である(その3) マルコ福音書14章27~31節
ペトロはなぜこのような、すぐに「バレる」うそをついたのか。どう考えてもペトロの言葉は、その顛末(てんまつ)がまる分かり過ぎだ。だからといって、私はペトロを責めているのではない。
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罪とは都合の良い言葉である(その2) マルコ福音書14章27~31節
聖書が語るペトロの姿は多様である。と言えば驚くであろうか。ほとんどの人が思い浮かべるのは、ガリラヤ湖で漁師をしているペトロの姿ではないだろうか。イエスがペトロを弟子としたのは、ガリラヤ湖畔での出来事だ。
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罪とは都合の良い言葉である(その1) マルコ福音書14章27~31節
全世界的にレントである。久しぶりに東西教会が同じ日に復活祭を迎える。「お宅はいつですか」と聞かれることもないので、それはそれでうれしい限りである。さて、昨年であったか、日本ではLGBT理解増進法と呼ばれる法律が施行された。
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堕落とは人生の深掘りである(その3) マルコ福音書12章13~17節
税は皇帝から課せられたもの。罪はわれわれが積み重ねてきた神への負債。だとして、負債を返さないと、いろいろとペナルティーが課せられる。税金の場合は延滞税となる。利率は市中金利よりずっと高い。
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堕落とは人生の深掘りである(その2) マルコ福音書12章13~17節
罪は神への負債であるとしたら、われわれは神に対して具体的にどのような借りがあるのだろうか。もちろん、そのようなことは昔から議論されてきただろう。今さら蒸し返すべきことだとは思わないが、とりあえず罪が負債であるという点に絞って考えてみよう。
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