前編に続き、鈴木崇巨(たかひろ)氏による『福音派とは何か? トランプ大統領と福音派』を取り上げる。後編はクリスチャン(特に福音派・ペンテコステ諸派)の視点から見た評論である。
まず本書は、分かりやすいたとえや言い回しによって、キリスト教に対する一般読者の理解を深めることには成功しているが、幾つかの点でクリスチャンにとっては大いに違和感を覚える箇所が幾つかある。その最大のものは、日本のキリスト教人口を調査する際、鈴木氏が語るこの文言である。
筆者は「私はキリスト教徒です」という人をすべてキリスト教徒として計算しています。他の教派・教団を「異端」と言って排除している人がいますが、筆者はそのような立場を取っていません。(181ページ)
そして、ここに含まれる教派・教団として、モルモン教やエホバの証人を挙げている。
まず断っておきたいのは、私も鈴木氏の意見を尊重することはできる。しかし、キリスト教会、特に福音派(鈴木氏は本書で「もう一つのキリスト教」と表現している)について語り、しかも「Who are Evangelicals?」という英題を掲げているのなら、日本では福音派教会の多くが「モルモン教、エホバの証人、統一協会とは一切関わりがありません」と、チラシや週報に掲載していることを述べないのはいかがなものだろうか。
福音派が、このようないわゆる「異端」に対して厳しい姿勢を採る集団であり、それ故にさまざまな問題が引き起こされていることを鑑みるなら、この「異質なものに対する福音派の姿勢」から見た統計も掲載しておくべきであると思われる。
こういった教派の境界線に関する出来事は、福音派内部にとってはとてもセンシティブなことであり、おそらくこの箇所だけで本書を焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)にしてしまう輩も出てくることだろう。しかし、それではあまりにももったいないと私は思う。それほど本書が世に出た意味が大きいと考えているからである。
前編で述べたことだが、人々がキリスト教に興味関心を持ってくれるきっかけとして、最もよい切り口を本書は持っている。「福音派」という集団について、これほど分かりやすく述べている本はない。一般向けに興味をかき立てるという意味では、大いに効果がある。願わくは、クリスチャンが「この本を読んでみて」と、クリスチャンでない友人や知人に勧めることができる本であってもらいたい。
懸念するもう一つの点は、4章以降で語られる「福音派」という言葉に対し、実際に福音派教会に通う者たちは違和感を拭えないだろう、ということである。それは、4章以降で語られている、特に米国における福音派の歴史とは、学的にいうなら、これは福音派の歴史ではなく、ペンテコステ諸派(Pentecostals)の歴史に他ならない。
歴史的に見て、ペンテコステ諸派の中には自らを「福音派」と称するグループも存在した。しかし一方、福音派陣営からすると、自分たちはあくまで「Evangelicals」であって「Pentecostals」ではないと、ペンテコステ諸派とは一線を画した存在であるというアイデンティティーを持っている。
そういった福音派が作った敷居を下げるべく、ペンテコステ諸派に属する神学者たちは学的探究の手法で自らのルーツを語り出したのである。そして異なる神学的要素を互いに理解しながらも、共通する部分を見据えて共に手を携えられないかと、両陣営の神学者たちは実直な歩み寄りをしつつある。
鈴木氏は本書で、「聖霊は人の霊を経由して全身を行きめぐり、心や体に作用します。このことを強調するのが、筆者が言う『福音派』の人々です」(43ページ)と、分かりやすい説明を加えている。しかしこの「分かりやすさ」が、真剣にこの違いを精査し、対話している両陣営に、いらぬ誤解を与えることになるのではないか、と私は危惧している。
繰り返すが、福音派とペンテコステ諸派の違いは、その当事者にとってはとてもセンシティブな課題である。そして目標点は、鈴木氏と同じくエキュメニカルな視点でキリスト教界を概観することではある。しかし、このような章立てと表現は、クリスチャン読者の心情をいたずらにかき立てることになりはしないだろうか。そんな危惧を拭い去れない。
本書は、一般読者に向けては良書であり、キリスト教会の扉をたたこうとする人たちにとって最適な指南書である。一方、クリスチャン、特に福音派やペンテコステ諸派にとっては、かなり問題の書となるであろう。どうしてもその問題性(異端問題や福音派とペンテコステ諸派の同一視)がセンシティブであるが故に、それ以外の良質な部分を覆い隠してしまう危険性がある。
むしろ本書でクリスチャンが学ぶべきは、第2部「激変した世界のキリスト教会」の9章から12章である。世界規模の視点で見ると、キリスト教は今どんな動向にあるのか、それがどういった歴史的背景と連動して起こっているのかなど、それらをしっかり把握することは、キリスト教を俯瞰(ふかん)的視点から考察する立場を得ることにもつながるだろう。
そういった面で本書は、クリスチャンにとっても読むべき書である。しかしその際、先に挙げた懸念点ばかりに目が取られ、「盥(たらい)の水を捨てようとして赤子まで」という愚を犯さないように気を付けるべきである。「世界のキリスト教会」を知るには最適な入門書であることは間違いない。
■ 鈴木崇巨著『福音派とは何か? トランプ大統領と福音派』(春秋社、2019年10月)
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