目にしたとき、瞬時に手に取ってしまった。どうも私は、「福音派」という言葉には「パブロフの犬」並みに条件反射してしまうようだ。思わず中身をチェックする。そして一言「ついに出始めたか・・・」。そんな声なき声が口をついて出てきた。
2020年の米大統領選挙がいよいよ本格化する中、いわゆる「トランプ本」がちまたであふれている。この4年間は「トランプ狂騒曲」といってもいい過熱ぶりで、その傾向は収まる気配がない。そんな中、ジャーナリズム的視点や米国思想史的観点から、ドナルド・トランプ大統領について述べる著作はよく目にするが、宗教的観点から、特に彼を擁護するとされる「福音派」に関して語る者はほとんどいなかった。そこに満を持して登場してきたのが、鈴木崇巨(たかひろ)氏による本書『福音派とは何か? トランプ大統領と福音派』である。
鈴木氏は、著作の中でもご自身の経歴を紹介しているが、東京神学大学を卒業され、米国南部メソジスト大学大学院、そして西部アメリカン・バプテスト神学大学院で学んだ経歴を持っている。いわゆる「メインライン」出身の牧師、神学者である。その鈴木氏が(対極とはいわないまでも)自身の信仰形態とは異なる「福音派」を論じているのである。これはとても興味深い。
私はというと、ペンテコステ諸派出身の福音派であり、(詳細は後編で述べるが)鈴木氏とは異なった視点で「福音派」を考察してきた者である。拙著『アメリカ福音派の歴史』(明石書店)では、ある意味「福音派内部から見た福音派」という視点を貫いている。
それに比べ鈴木氏は、「福音派外部から見た福音派」という視点から論述している。しかも一般読者層に届くような工夫を凝らすことで、理解を深めてもらえるように配慮がなされている。いわゆる「一般書として福音派を語る」ことを目指しておられる。
さて、本書を評するに当たり、2つの異なった読者を想定する。1つは、クリスチャン(特に福音派・ペンテコステ諸派)の人たち、そしてもう1つはクリスチャンでない人たち(いわゆる一般の読者)である。
前編は、一般読者を対象にして本書を取り上げてみたい。そして後編で、クリスチャン向けに考察を深めていくことで、車の両輪のように双方が機能することになるだろう。
本書の特徴はまず、何といっても「読みやすい」ということが挙げられるだろう。ページ数にして200ページ余り。しかも脚注が極力少なく、分かりやすさを増すために挿絵やイラスト、写真が随所に盛り込まれている。「です・ます」調で書かれているため、説教臭くもなく、電車の中や空き時間にすらすらと読めることもうれしい限りである。そして何よりも「一見難しいことを、分かりやすいたとえで語る」工夫がなされている。例を挙げよう。
7ページでは、一神教の性質、そして同じ一神教であるユダヤ教とキリスト教の関係が説明されている。その中で鈴木氏は「お餅」をたとえにしてこう語っている。
唯一の神ヤハウェを「つきたての柔らかい餅」にたとえるなら、そこからちぎって取り出した一片をキリストにたとえることができます。元の大きな塊も、ちぎった一片も同じ質の餅です。その一片の餅にたとえられているのがイエス・キリストです。
また、本書は第1部「福音派とは」の中で、キリスト教徒(クリスチャン)が何を信じ、どんなことを大切と受け止めているか、について分かりやすく解説している。その過程でクリスチャンが一枚岩ではなく、さまざまな教派に分かれており、各々で強調点がかなり異なることにも言及している(2、3章)。それはさながら、神学校で学ぶ「キリスト教史」をダイジェストで教授されているようでもある。
4章から、福音派の中身について語られているが、3章の終わりで、これまた分かりやすいたとえが用いられている。それは、福音派を「もう一つのキリスト教」と表現していることである。聖書における「知的」側面とともに、聖霊などを体感する「霊的」側面があることを述べ、鈴木氏はこう語る。
一般の日本人は、神とは何か、聖書とは何か、救いとは何かなどの知的な側面からキリスト教を理解しようとします。それも大切なことですが、聖書には、霊的な側面から見なければ分からないことがあります。これが分かると、「福音派」を理解できます。大げさな言い方をすれば、今までの伝統的なキリスト教だけを知っていた人には、「もう一つのキリスト教」があると思ってください。(44ページ)
そして4章から7章にかけて、米国における福音派の歴史が俯瞰(ふかん)的に描かれている。8章以降は、この福音派の教勢が今やアジア、アフリカ、中南米へとシフトしていることが語られている。
13章では、日本のキリスト教の現状分析がなされており、これが鈴木氏独自の分析結果として、大いに注目すべき点である。一般的に日本のキリスト教人口は、1パーセント未満といわれている。しかし、鈴木氏の分析によると、教会に通っている子どもたち(信者数に入っていない場合が多い)や統計に入っていない信者たちを含めると、「最も控えめな実数」であっても、信者数は200万人余りに上る。これは、総人口の1・7パーセントだという(193ページ)。
この数字が正確かどうかはさておき、ここまで丁寧に「キリスト教会内部の事柄」を一般の読者向けに開示しようと努力した神学者はあまり例を見ないのではないだろうか。特に世界史的背景をきちんと説明しながら、その焦点をキリスト教へと向けていく手法は、さすがに「メインライン」で培った手法である。本書を基にした5回くらいの文化講座シリーズを組むなら、一読した人であれば受講したいと願うのではないだろうか。
ただ、最後に苦言を一言。それは副題にある「トランプ大統領と福音派」が本書の核であるというなら、それは少し違うのではないだろうか。所々で「トランプ大統領は・・・」という挿入があるが、それは明らかに不自然である。そして、本書を「トランプ大統領と福音派の関係性」という視点で手に取り、購入した人にとっては、かなり物足りない内容になっている。
本書のカバーには英題で、「Who are Evangelicals?(福音派とはどのような人たちか?)」と記されている。しかし語られているのは、「What is Evangelicals?(福音派とは何か?)」であって、現実の福音派の実態ではない。政治的視点と宗教的視点とがうまくかみ合っているとは言い難い。とはいえ、政治と宗教の観点からここまで「福音派」を平板に分かりやすく語っている本は存在しない。一読の価値はあるといえるだろう。(後編に続く)
■ 鈴木崇巨著『福音派とは何か? トランプ大統領と福音派』(春秋社、2019年10月)
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