沖縄福音伝道会が7月1~12日の約2週間にわたって、病院でこころのケア、たましいのケアを行うチャプレンの養成などを目的とした「臨床牧会教育」(Clinical Pastoral Education=CPE)の短期研修コースを、オリブ山病院(那覇市)で開催した。
こうした教育は、欧米では神学校や大学院で確立したカリキュラムとして行われている。チャプレンは通常、3年間の大学院レベルの神学教育を受け、さらに1、2年の卒後研修をもって認定される非常に専門的な職業である。しかし日本では、欧米に比べてこうした教育がまだ十分に行われていない現状がある。背景には、チャプレンという専門職への理解不足がある。さらに、人間が魂を持った存在であるというキリスト教的人間観の欠如が、その背後にあると指摘されている。
ホスピスを含めて、スピリチュアルな領域で病に対して専門的ケアが必要であるという意識は薄く、スピリチュアルケアは日本の医療界においてその位置や伝統がいまだないと言っても過言ではない。
国公立やキリスト教病院以外の一般の私立病院では、スピリチュアルケアの専門職がいないどころか、むしろ働くことを断られる場合さえある。
(ワルデマール・キッペス臨床パストラル教育研究センター理事長)
欧米の病院では、病院の中に祈る場所やこころのケアをする人(チャプレンなどと呼ばれる)が存在することが当たり前になっています。ただ、明治の初期にわが国に西洋医学を導入し病院が創られたとき、スピリチュアルケアをすっかり外す形で行われたのです。それ以来、医療が科学中心となりスピリチュアルなことは疎まれてきたのです。
1990年ころからようやくその重要性が注目され始め、2007年には、日本スピリチュアルケア学会が立ち上がり、教育や認定の制度が整えられてきました。また、2016年2月にスピリチュアルペインに関わる宗教者の会、臨床宗教師の会も発足しました。
このようなこころのケアが医療の中に導入され、うまく機能することになれば、患者さんが受ける終末期医療自体に大きな変化が訪れるだけでなく、医療そのものが人間全体を見るものになることでしょう。
(加藤眞三=慶応義塾大学看護医療学部教授、医師)
このように、最近の動向においては、少しずつ変化が見られるものの、日本においては、聖書に基づいたスピリチュアルケアを行うチャプレンの育成が、十分に検討されていないのが現実です。むしろ、ヒューマニズムとエキュメニズムによって、本来あるべき聖書的理解が歪められていることが危惧されています。これは、オリブ山病院にホスピスが設置された1980年代ごろから、すでに持たれていた危機感です。
ホスピスケアを受けられたほとんどの方が、(キリストに)救われてから地上を去られます。広い意味では、老人病棟もホスピスケアの対象であり、さらに広くこの世すべてがホスピスケアの対象だと言うことができるでしょう。そして私は神を除外した単なるヒューマニズムの視点ではなく、また単に主観的、心理的な慰めではなく、客観的、歴史的な事実としての神の愛、神の救いの御言葉に焦点を合わせて、ホスピスケアを行っていきたい。
(田頭政佐=オリブ山病院創設者)
以上のような背景がありながらも、まずはできるところから始めようと、今回の短期研修コースが計画された。講師には、オリブ山病院の専門職のみならず、県外からも複数の専門家を招き、参加者も県内外のチャプレン、牧師、神学生など、全日・部分参加併せて18人に上った。
オリブ山病院外からの講師としては、以下の4氏が講壇に立った。
- 柏木哲夫氏(淀川キリスト教病院前理事長・現相談役・名誉ホスピス長、大阪大学名誉教授、ホスピス財団理事長):「ケアの本質」「つながるということ」
- 島田恒氏(経営学博士、関西学院大学神学部客員講師、神戸学院大学経営学部講師):「非営利組織のマネジメント」「優れたリーダーシップ」
- 白方誠彌(せいや)氏(淀川キリスト教病院名誉院長、湯川胃腸病院院長):「キリスト教理念と経営」「淀川キリスト教病院の再建」
- 福嶌知惠子(ふくしま・ちえこ)氏(日本ナースクリスチャンフェローシップ創設者):「スピリチュアルケアにおける医療専門職の役割」
オリブ山病院内の講師は以下の内容を担当し、さまざまな側面からスピリチュアルケアに関する講義を行った。
- 田頭真一理事長:「理念に基づく全人医療」
- 宮城航一院長:「ホスピスとは」
- 具志堅正都チャプレン:「オリブ山病院におけるチャプレンの働き」
- 金城京子看護部長:「オリブ山病院における看護の実践~ホスピスで輝き生きた人々~」
- 上里さとみ精神科地域支援部部長:「精神科におけるスピリチュアルケアの事例」
- 仲本悠輝主任、徳和子医師、具志堅正都チャプレン:「音楽療法」
- 各チャプレン:「各チャプレンによる事例」「召天者記念会、実際の働きの映像紹介など」
また毎日の講義の他に、オリブ山病院や関連施設での実習が行われ、病棟礼拝は研修生が担当する形で行われた。さらに研修期間中、毎朝行われた礼拝では、各研修生による司会、ショートメッセージもなされた。この他、研修生間でのディスカッションや交流の時もあり、最終日には研修報告と修了証書授与の時が持たれた。
研修の半ば7月5日には、オリブ山病院を運営する社会医療法人「葦(あし)の会」の創立61周年記念講演会が開催され、「癒やす愛」と題して福嶌氏が講演した。福嶌氏が翻訳したシャロン・フィッシュ、ジュディス・シェリー著『スピリチュアルケアにおける看護師の役割』は、オリブ山病院で緩和ケアを始めた際に輪読会を開き、また数年前にも再度輪読会を開いた、聖書的スピリチュアルケアの手引きとして今でも非常に有用な本である。研修生にはこの日、福嶌氏のサイン入りの著書が贈呈された。
講演では、ルカの福音書19章1~10節に描かれている取税人ザアカイがイエス・キリストと出会う話から、魂の救いと癒やしが語られた。そして、このような関係性の構築こそが、スピリチュアルケアにおける医療専門職の役割であることが話された。
1時間余りの講演の後には、福嶌氏自身が働いたことがあり、葦の会と同じく全人医療を掲げている淀川キリスト教病院の歴史を紹介する映像が5分ほど上映された。その中で、同病院の創設者フランク・A・ブラウン博士の言葉から、キリスト教主義に立つ病院の意義を確認することができた。
「私たちは、完全な健康は、人間の創造主である神との正しい関係なしには達成されないと信じています。この正しい関係は、イエス・キリストを知り信じることを通してのみ、得られるものであると信じます。そして、身体的、精神的、社会的、さらに霊的癒やしを目指す医療が、全人医療であります。この全人医療を通して、人間に豊かないのちを得させようと、そのひとり子を与えてくださった神の栄光を表すことができるものと確信します」
これは、まさに葦の会が目指すところの、キリストの愛に倣った聖書に基づく全人医療と同じものである。筆者が理事長を務める葦の会も、創立から60年以上たった今も、その理念を掲げ、その実践に誠実を尽くすものでありたいと決意を新たにした次第である。
そのためにも、今回は小さな一歩であったが、これからも聖書に基づくスピリチュアルケアの専門職育成のために、このような研修を継続、拡充し、日本におけるチャプレン養成のための働きを続けていきたいと願っている。
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