「イエス・キリストについていく!」と決めた矢先、初めて「X教波動注入特別プログラム」に呼ばれ、考え抜いた末、「結果次第でX信仰の進退を決める!」と決断。特別施設にて2泊3日、集中的に波動を注入され、帰宅した翌日のこと・・・。
激しい腹痛と吐き気とともに目覚めました。なんということでしょう~。私の体は、上を下への大騒動!何度も這ってトイレへ駆け込むありさま。最初は「波動修正」(マッサージや針灸治療後に起きる“好転反応”のようなもの)」かと思いましたが、しばらくして「これは違う!」と確信しました。
結果は、“ノロウイルス”感染!!・・・「なんということでしょう~(パート2)。時間を使って、お金を使って、気を使って、"特別な場所"で、"特別な波動"を入れてもらった結果が・・・“ノロ感染”・・・。良くなるどころか、逆に病気になっているじゃないか!」。ガッシャーーン!!・・・私の中で、破壊音が轟(とどろ)きました。最後の“闇の壁”が、完全に崩れ落ちた瞬間でした。
「Xは神ではない!イエス・キリストこそ、真の神!!今度こそ本当に、本当~に、Xを脱退する。もう迷わない」。そう決心し、「X品」の断捨離を決行しました。
“御神酒” “御神水”といわれた酒と水は、親しかった女性信者に以前譲ってしまい、後で「捨てればよかった」と猛省しました。また、「高価な品々はXに返却しよう」と一瞬考えたのですが、「霊的世界において、世的な値段の高低に関係なく、すべて神様が忌み嫌うべき“偶像”の類は、この地上から完全に消滅させるべき!」と決断し、捨てることにしました。
まず、最も執着し、どんな時でも決して肌身離さなかった“ペンダント”から捨てました。信仰告白後も、恐れから、外しては付け、付けては外しを繰り返した、金とプラチナの2つの観音ペンダント。意を決し、自分と息子の首から外すと、悪魔の「もったいない。売れば金になる」とのささやきに、「黙れサタン!イエス・キリストの御名によって出ていけ!」と命令し、「イエスの血潮」をかけ、すぐさまゴミ置き場に捨てました。ちょうど「燃えないゴミの日」だったのは、主の計らいだったと思います。母にも電話で説明し、同様に処分してもらいました。
私たち家族を縛り、暗闇につないでいた“首輪”が取り除かれたとき、心の底から「自由」を感じました。長きに渡る、暗く冷たい牢獄から釈放された「爽快感」は、言葉にならないほどの喜びでした。イエスの御名とイエスの血潮が、ペンダントを通して掛けられていたXからの強大な魔術を取り除き、契約を断ち切ってくださったのです。“イエスの御名”と“イエスの血潮”を自ら宣言し祈った最初の体験でした。
おかげで、その後の断捨離は、とても順調に進みました。22年に及ぶ信仰の産物は、「出るわ出るわ」の大漁節のお祭り騒ぎ! 部屋という部屋(トイレ・風呂・玄関含む)の、天井の四隅と中央に貼っていた観音カード(御札)を片っ端から剥がし、そこにイエス様の血潮を宣言して回りました。
Xのバザーで購入した、Y氏の“波動入り”ドレスや小物類、数々の波動入り写真、ホテルディナーの説法にて配布されたY氏の顔入りテレホンカードと書籍類、購入した中で最も高価だった、“墓参り”と同じくらいパワーがもらえる!と言われた“御神鏡”という名の鏡 etc・・・。「もうこれで最後」と思っても、後から後から、次々と、さまざまな所から「発掘」されました。
中でも、一番多く発掘されたのが“観音カード”でした。額縁の中から、置物の下から、本から、靴から、ポケットから・・・これでもか!と言わんばかりに出てきました(笑)。つい最近では、実家の引っ越しの際、かつて静かなブームを呼んだ「竜の一筆書き画」の額縁裏に発見! 聖書で「レビヤタン」は“竜”と表現されているので、画もろとも捨てました。ちなみに、雄竜に父の名、雌竜に母の名、子(なぜか鶴)に私の名が書かれた「呪い度満点」の作品でした(^^;)。
「あるいは引き抜き、あるいは引き倒し、あるいは滅ぼし、あるいはこわし、あるいは建て、また植えさせる」(エレミヤ1:10)のように、悪魔が植えた「死と呪いの草」を根こそぎ取り除き、新たにイエス様の「命と祝福の花」を植え、魂の園を清めていった、という感じでしょうか? このようなことが大胆に勇ましく行えたのは、偉大なる王の王であり、圧倒的な勝利者である「イエス・キリスト」が共にいてくださったおかげに他なりません。
イエス様から「戦う勇気と力」を与えていただいた私は、さらなる「自由と解放」を勝ち取るため、次の戦いに挑もう!と決意したのですが、そこで、私は「主の平安」の素晴らしさを知るのです。
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