350年以上の歴史があるカトリックの男子宣教会「パリ外国宣教会」の司祭らによる性暴力を調査した報告書が昨年12月、フランス語と英語で公表された。同宣教会は、幕末後の日本におけるカトリック教会の宣教において重要な役割を果たしたことで知られる。ウェブサイトによると、現在も日本を含む14の国・地域で150人の司祭が活動している。
調査はパリ外国宣教会の依頼を受け、英企業「GCPSコンサルティング」が行った。GCPSは、1950年から2024年までの75年間にわたる同宣教会常任理事会の議事録約3800点と、350人近い司祭の個人資料などの書類調査に加え、フランス国内と宣教師が派遣されていた15の国・地域で計196回のインタビュー調査を行った。
パリ外国宣教会の宣教地はアジアが中心で、GCPSの調査員は、日本を含む11の国・地域を実際に訪問してインタビューを実施。司祭が現在はいない、あるいは少ない4カ国については、オンラインでインタビューを行った。
その結果、この75年間に14の国・地域で計63件の性暴力があったことが確認された。このうち、日本は5件だった。これらの性暴力に関与していた司祭は46人で、この期間に活動した司祭1491人の3%に相当する。一方、報告書は、性加害者は複数人に加害行為を行っているケースが珍しくないとして、「被害者の数は、報告され記録された性暴力の件数をはるかに上回ると想定するのが妥当である」としている。
被害者の年齢は、18歳未満が29人、18歳以上が19人、不明が15人だった。

属性は、地域住民が最も多く30人で、信者が16人、児童・生徒が10人、難民が3人、神学生が2人、家族が2人だった。報告書は、より具体的な属性として、家政婦や養女などを挙げており、「その属性は、相対的な脆弱(ぜいじゃく)性と、外国人でもある司祭との非対称的な関係を示している」と指摘している。
性別は、女性が38人(60%)、男性が23人(37%)、不明が2人(3%)だった。ただし、男性の性被害は一般に、社会的タブーなどにより報告数が減少する傾向にあること、女性においても被害者が成人である場合、合意上の行為と見なされ性被害として認知されないケースがあることに留意が必要だとしている。
これらの性暴力に対するパリ外国宣教会の対応については、「司牧行動倫理憲章」が採用される2016年までは、「ほとんどの場合、告発された人々は処罰を受けることなく聖職を続けることができ、その結果、免責の風潮が生じていた」と指摘。告発に対する対応も一様ではなく、ほとんどの場合、他国や同じ国の別の地域へ異動させるのみで、長期的なフォローアップや再犯防止計画は一切なかったとしている。
札幌教区で被害、日本在住20年超のフランス人男性
報告書は、パリ外国宣教会の司祭らによる性暴力を一部でも可視化したとして、一定の評価はされているものの、被害を訴える信者やこの問題を告発してきた司祭らは、調査の不十分さを指摘する。
2022年7月に、当時札幌教区の教会を担当していたパリ外国宣教会所属のフランス人司祭、リッタースハウス・フィリップ神父から、不同意性交などの被害を受けたと訴えている日本在住のフランス人男性、ティモテ・ベガンさんも、調査の内容や報告書の公表の仕方に納得していない一人だ。ベガンさんは、報告書がフランス語と英語のみでしか公表されておらず、日本を含めた宣教地の人々が正確な情報にアクセスすることは極めて難しいと話す。

また、宣教地の法律や規則、現地教会特有の事情を考慮していない点も、報告書の大きな問題点だと指摘する。さらに、フランス国外の宣教地にいる被害者の保護に関しては言及がないとし、「受けた暴力に関する耐え難い苦しみと重いトラウマを抱えて、パリ外国宣教会の幹部に話を聞いてもらうために、莫大(ばくだい)な経済的負担まで引き受けてフランスまで移動しなければならない義務を、外国の被害者に負わせるべきではありません」と訴える。報告書で何度も言及されている「司牧行動倫理憲章」についても、定められた措置に関する具体的な手順がないとして、その実効性を疑問視する。
ベガンさんは2003年から日本に住んでおり、現在は鹿児島県で日本人の妻と娘2人と共に暮らしている。一方、生まれはパリで、厳格なカトリックの家庭で育ち、聖職者は尊敬すべき存在であることを厳しく教えられてきた。
ベガンさんはこれまで、パリ外国宣教会の本部まで赴き被害を訴えてきたほか、日本の司教らとも面会し、札幌教区の複数の教会を巡って被害について話すなどしてきた。しかし、「教会は、私が第二の家族のように思い、助けを求め続けたにもかかわらず、最も必要なときに私を守ることも支えることもしてくれませんでした。私は被害者で、そのことを認めてもらうために2022年7月からフランスと日本を駆けずり回っているのに、腫れもの扱いされて愕然(がくぜん)としています」と話す。
タイでの性暴力を告発した神父「出発点に過ぎない」
パリ外国宣教会の宣教師としてタイで活動する中、現地で知った同宣教会の司祭による未成年者に対する性暴力について告発したカミーユ・リオ神父も、報告書には多くの問題点があると述べている。リオ神父は2011年に同宣教会に入会し、タイで9年にわたり活動してきたが、この問題に関わり始めたことで、昨年11月に除名された。
リオ神父は1月、フランスのカトリック系週刊誌「ゴリアス・エブド」(フランス語)に長文の寄稿を掲載。調査の周知や証言の呼びかけが非常に限定的であったこと、個人資料を調査した司祭の数が350人ほどに過ぎなかったこと、被害者に対する賠償手続きについて記載がないことなど、調査や報告書の問題点を幾つも挙げている。
特に、この75年間に性暴力を働いた司祭の割合が、全体の3%だったとする統計については、1950年代初めには千人を超える司祭がいたのに対し、2010年代は200人に満たない規模だったことを指摘。過去30年に限れば10%を超える割合になるとし、「非常に大きな前代未聞の数字であり、これだけでも直ちに教会の調査、いやむしろ警察や当局の調査が必要」だとしている。
また、「司牧行動倫理憲章」については、その大部分がストラスブール大司教区の「司牧行動規範」のコピーだと指摘。ストラスブール大司教区は、2010~16年にパリ外国宣教会の総代理を、16~21年に総長を務めたジル・レイタンジェ司教と関係の深いフランス北東部の教区。フランス国内の教区を想定した内容であるため、国外の宣教地で発生する事案には「まったく適しておらず、何の役にも立たない」とし、報告書が求める憲章の修正ではなく、新しい枠組みの必要性を訴えている。
なお、レイタンジェ司教は、19年にストラスブール司教区の補佐司教に就任するが、パリ外国宣教会の司祭らによる性暴力に対する自身の関与も取り沙汰される中、昨年2月に健康上の理由で辞任している。
リオ神父は寄稿の中で、報告書のさまざまな問題点を挙げつつも、「とはいえ、この報告書の存在には敬意を表さなければならない。それがいかに不完全なものであれ、これまで否認とは言わないまでも広く無視されてきた現実に、少なくとも存在の形を与えたことは間違いないのだから」と評価している。それでも、カトリックの諸宣教会の性暴力を巡る問題は「まだ最初の目録作成にも至っていない」とし、パリ外国宣教会の報告書は「重要な通過点でさえなく、出発点に過ぎない」としている。