今回は、23章1~25節を読みます。
ピラトの尋問
1 そこで、全会衆が立ち上がり、イエスをピラトのもとに連れて行った。2 そして、イエスをこう訴え始めた。「この男はわが民族を惑わし、皇帝に税を納めるのを禁じ、また、自分が王たるメシアだと言っていることが分かりました。」 3 そこで、ピラトがイエスに、「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問すると、イエスは、「それは、あなたが言っていることです」とお答えになった。4 ピラトは祭司長たちと群衆に、「わたしはこの男に何の罪も見いだせない」と言った。
前回までに、イエス様が夜に、大祭司カイアファのところに連行されたことをお伝えしました。次の日、イエス様は最高法院で裁判を受けることになります。そこで死刑にするべきだという結論になったのですが、最高法院には死刑判決を下す権限がありませんでした。それができるのは、ローマ帝国のユダヤ属州の総督ピラトだけであったようです(ヨハネ福音書18章31節参照)。
それで人々は、イエス様をピラトのところに連れて行ったのです。そして、イエス様を十字架につけて死刑にするようにピラトに訴えたのです。ピラトはイエス様に、「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問します。イエス様は、「それは、あなたが言っていることです」とお答えになりました。
ここは、ヨハネ福音書18章の並行箇所の記述が分かりやすいと思いますので、それを転載します。
33 そこで、ピラトはもう一度官邸に入り、イエスを呼び出して、「お前がユダヤ人の王なのか」と言った。34 イエスはお答えになった。「あなたは自分の考えで、そう言うのですか。それとも、ほかの者がわたしについて、あなたにそう言ったのですか。」
35 ピラトは言い返した。「わたしはユダヤ人なのか。お前の同胞や祭司長たちが、お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしたのか。」 36 イエスはお答えになった。「わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。」
37 そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と言うと、イエスはお答えになった。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」
イエス様が言われたことの意味は、「私は王であるけれども、あなたが考えているように、この世の国の王ではない」ということであったのです。ピラトがそれをどのように捉えたのかは分かりませんが、いずれにしても彼は、イエス様に罪を見いだすことはできず、祭司長たちと群集にそのことを伝えました。
ヘロデの尋問
5 しかし彼らは、「この男は、ガリラヤから始めてこの都に至るまで、ユダヤ全土で教えながら、民衆を扇動しているのです」と言い張った。6 これを聞いたピラトは、この人はガリラヤ人かと尋ね、7 ヘロデの支配下にあることを知ると、イエスをヘロデのもとに送った。ヘロデも当時、エルサレムに滞在していたのである。
8 彼はイエスを見ると、非常に喜んだ。というのは、イエスのうわさを聞いて、ずっと以前から会いたいと思っていたし、イエスが何かしるしを行うのを見たいと望んでいたからである。9 それで、いろいろと尋問したが、イエスは何もお答えにならなかった。10 祭司長たちと律法学者たちはそこにいて、イエスを激しく訴えた。11 ヘロデも自分の兵士たちと一緒にイエスをあざけり、侮辱したあげく、派手な衣を着せてピラトに送り返した。12 この日、ヘロデとピラトは仲がよくなった。それまでは互いに敵対していたのである。
13 ピラトは、祭司長たちと議員たちと民衆とを呼び集めて、14 言った。「あなたたちは、この男を民衆を惑わす者としてわたしのところに連れて来た。わたしはあなたたちの前で取り調べたが、訴えているような犯罪はこの男には何も見つからなかった。15 ヘロデとても同じであった。それで、我々のもとに送り返してきたのだが、この男は死刑に当たるようなことは何もしていない。16 だから、鞭(むち)で懲らしめて釈放しよう。」
ここは、ルカ福音書だけに固有な記事です。つまり、イエス様が領主ヘロデの元に送られたことを伝えているのは、ルカ福音書だけということです。ヘロデは、ヘロデ大王の息子で、当時はガリラヤ地方を治めていました。父ヘロデ大王は、ローマ帝国にユダヤの統治を任されていたのですが、ヘロデもローマ帝国からガリラヤの統治を任されていたということです。
このヘロデが、この時エルサレムに来ていたのです。ピラトは、祭司長たちを通してイエス様がガリラヤ人であることを知ると、イエス様をヘロデの元に送ります。
ルカ福音書9章9節に、「しかし、ヘロデは言った。『ヨハネなら、わたしが首をはねた。いったい、何者だろう。耳に入ってくるこんなうわさの主は。』 そして、イエスに会ってみたいと思った」とあります。ヘロデは、好奇心からイエス様に会ってみたいと思っていたのです。ですから、ピラトからイエス様が送られてくると大変喜びました。
ヘロデもイエス様にいろいろ尋問しましたが、イエス様はヘロデに対しては何もお答えにはなりませんでした。祭司長たちは、ヘロデに対してもイエス様を訴えます。しかし、ヘロデもイエス様に罪を認めることができませんでした。それでヘロデは、イエス様を侮辱した上で、派手な衣を着せてピラトの元に送り返したのです。
ピラトとヘロデという、いわば2人の為政者が、イエス様に罪を見いだすことはなかったのです。ピラトは、イエス様を鞭打ちの刑にして釈放しようと考えました。
死刑の判決
[17 祭りの度ごとに、ピラトは、囚人を一人彼らに釈放してやらなければならなかった。] 18 しかし、人々は一斉に、「その男を殺せ。バラバを釈放しろ」と叫んだ。19 このバラバは、都に起こった暴動と殺人のかどで投獄されていたのである。20 ピラトはイエスを釈放しようと思って、改めて呼びかけた。21 しかし人々は、「十字架につけろ、十字架につけろ」と叫び続けた。22 ピラトは三度目に言った。「いったい、どんな悪事を働いたと言うのか。この男には死刑に当たる犯罪は何も見つからなかった。だから、鞭で懲らしめて釈放しよう。」23 ところが人々は、イエスを十字架につけるようにあくまでも大声で要求し続けた。その声はますます強くなった。24 そこで、ピラトは彼らの要求をいれる決定を下した。25 そして、暴動と殺人のかどで投獄されていたバラバを要求どおりに釈放し、イエスの方は彼らに引き渡して、好きなようにさせた(17節は、記載の無い写本もある)。
過越祭の際には、囚人を一人釈放することになっていました。ピラトは、その慣わしを利用してイエス様を釈放しようとしたのでしょう。しかし人々は、釈放するのはバラバという囚人の方にしろと要求したのです。そして、あくまでも、イエス様を十字架につけて死刑にしろと詰め寄ります。ピラトはそれに負け、イエス様を死刑にすることにしたのです。
イスラエルの人たちのやり直し
なぜルカ福音書だけが、ヘロデのことを伝えつつ、ピラトの裁きのことを伝えているのでしょうか。それは、ローマ帝国の為政者という異邦人の下で、イスラエルの人々がイエス様を十字架につけてしまったことを強調するためであろうと思います。ルカ福音書の続編である使徒言行録の3章には、ペンテコステの日の出来事として次の記事があります。
12 これを見たペトロは、民衆に言った。「イスラエルの人たち、なぜこのことに驚くのですか。また、わたしたちがまるで自分の力や信心によって、この人を歩かせたかのように、なぜ、わたしたちを見つめるのですか。13 アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、わたしたちの先祖の神は、その僕イエスに栄光をお与えになりました。ところが、あなたがたはこのイエスを引き渡し、ピラトが釈放しようと決めていたのに、その面前でこの方を拒みました。14 聖なる正しい方を拒んで、人殺しの男を赦(ゆる)すように要求したのです。
15 あなたがたは、命への導き手である方を殺してしまいましたが、神はこの方を死者の中から復活させてくださいました。わたしたちは、このことの証人です。16 あなたがたの見て知っているこの人を、イエスの名が強くしました。それは、その名を信じる信仰によるものです。イエスによる信仰が、あなたがた一同の前でこの人を完全にいやしたのです。
17 ところで、兄弟たち、あなたがたがあんなことをしてしまったのは、指導者たちと同様に無知のためであったと、わたしには分かっています。18 しかし、神はすべての預言者の口を通して予告しておられたメシアの苦しみを、このようにして実現なさったのです。19 だから、自分の罪が消し去られるように、悔い改めて立ち帰りなさい。」
ルカは、福音書と使徒言行録を通じて、「イスラエルの人たち」がイエス様を十字架につけたこと、そして悔い改めてそこから立ち直ることを求めています。ピラトと並んで、ヘロデというローマ帝国の為政者の下において、ユダヤ人がイエス様を十字架につけてしまったことを強調し、けれども「やり直せるのだ」ということを伝えようとしたのが、ルカの目的であったのではないかと、私は考えています。(続く)
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