第4回賀川豊彦シンポジウムが10日、早稲田大学で開催された。2015年にスタートした同シンポジウムはこれまで、賀川豊彦・ハル夫妻が行った事業の再評価や、賀川が中心的に取り組んだ労働組合・協同組合などの「助け合い」の社会づくりの重要性を話し合ってきた。今回は、人々の生活の舞台である「地域とくらし」を女性の視点から考えようと、全員女性のパネリストを迎えて開催された。
シンポジウムは2部構成で行われ、第1部では第1回から中心的に関わってきた稲垣久和氏(東京基督教大学大学院教授)が開催趣旨を説明。賀川の孫である冨澤康子氏(東京女子医科大学医学部助教)がイントロダクションとして話をし、続いてパネリストの女性3氏が、それぞれが所属する組合組織について発表、そして協同組合に関する研究が専門の杉本貴志氏(関西大学商学部教授)が各発表を受けてコメントした。
パネリストとして登壇したのは、日本労働組合総連合会の南部美智代氏、生活協同組合コープみらいの山内明子氏、全国農業協同組合中央会の堀田亜里子氏。それぞれ「労働者組合」「消費者組合」「農業者組合」というタイプの違う3つの組合組織からの代表として発題した。
変わる「地域」の現実 「経済人間」と化してしまった人間像
シンポジウムの冒頭に行われた開催趣旨の説明で、稲垣氏はまず「地域」に暮らす人々の実態が、昔と比べて大きく変化していることを指摘した。一昔前までは、地域に暮らす人々のイメージは家族単位だった。しかし現在は「夫婦と子ども世帯」より「単身世帯」が多くなり全体の3割を占める。また「夫婦のみ世帯」は2割、「ひとり親と子世帯」も1割を超え、「これが地域に生きる人々の現実」だと語った。
さらに経済が何よりも優先される現代社会において、人間像が「ホモ・サピエンス(「賢い人間」の意味)」ではなく、「経済人間(ホモ・エコノミクス)」になっていると指摘。これは「自己利益の追求は悪ではなく善である」という近代経済学から抽出された人間像であり、「賀川はまさにこの人間観と格闘した」と言う。稲垣氏は、賀川の掲げた「愛と協同」「友愛と連帯」を最優先とする人間像を「倫理人間(ホモ・エテイクス)」と呼び、「経済人間」から「倫理人間」への転換を訴えた。
貧困の根絶を目指して活動した賀川だが、それから100年余りがたち、経済的な発展を遂げたはずの現代社会においても、貧困問題は依然として存在する。稲垣氏は、近年の貧困は格差とセットになっており、これは規制緩和により結局は一部の人に富が集中してしまう「新自由主義」によるところが大きいと主張する。その上で、賀川が取り組んだ労働組合・協同組合運動のように、「自主、自立、自治」の気概を持った市民による「下から」の運動が必要だと述べた。
一方、日本の長時間労働の習慣は、歪んだ「男性優位社会」の現れとも指摘した。「残業、残業のライフスタイルの中で、どうやって『地域』の人々と顔と顔を合わせて対話できるのか」と稲垣氏。こうした社会のゆがみを是正する突破口に女性の存在があると考え、パネリストを全員女性にしたと説明した。
ビル・ゲイツも家では皿洗い
続いて登壇した冨澤氏も、働く日本の女性が輝きにくい理由の1つとして、長時間労働の習慣を挙げた。富豪として知られる米マイクロソフト社のビル・ゲイツ元会長でさえ、家では皿洗いをし、子どもたちを学校まで送り届けていたことや、米国では大学の学長の11%が女性であることなどを例に挙げ、「日本も学ぶべき」と語った。
女性は6割が非正規雇用、結婚・出産期に就業率低下
続いてパネリストの3氏が、それぞれが所属する組合組織の活動や各組織における女性の参画について発表した。南部氏が副事務局長を務める日本労働組合総連合会(連合)は、約700万人の組合員を抱える日本最大の労働組合だ。女性の雇用者は、男女雇用機会均等法が成立した1985年には1548万人だったが、2017年は2590万人と約1・67倍増加した。雇用者総数に占める割合も35・9%から44・5%に増え、「働く女性」は確実に増えている。しかし、その約6割が非正規雇用であったり、結婚・出産期に就業率が低下したりするなど、課題もある。
連合では、1991年という早い時期から男女平等参画を推進しており、2020年までに役員・機関会議の女性参画率を30%にする目標を掲げている。すでに連合本部の女性役員比率は33・9%となっており、構成組織や地方連合会における女性参画率も年々上昇しているという。
全国の世帯の3分の1が加入 暮らしを支えるインフラ
各地にある生活協同組合(生協)には、全国で合計2187万人が組合員として加入している。世帯加入率は37・7%であり、実に全国の世帯の3分の1が加入する暮らしを支えるインフラとして機能している。山内氏が執行役員を務める「コープみらい」は、千葉、埼玉、東京を事業エリアとする生協で、食品の販売・宅配などの事業だけでなく、近年は孤立化が進む地域の課題に取り組むため、地域における居場所づくりや学びの場の提供など、組合員によるさまざまな活動を行っている。
「コープみらい」における女性の参画率は非常に高く、組合員の代表である総代(1300人)は98・8%、各地域のブロック委員(333人)は99・4%が女性で、34人いる理事も6割近くが女性だ。一方、事業を行う職員においては女性の参画率は下がる。大きな異動のない専任職の職員(50・2%)や、専任職が多い小型店舗の店長(70・6%)は高いが、約2500人いる総合職の職員は15%で、宅配センター長や部長、統括部長・執行役員レベルでは10%前後となり、大型店舗の店長は2・9%となっている。
構成員約55万人の「女性組織」 主要事業に発展した取り組みも
農業協同組合(JA)には、組合員の目的や属性に応じた「組合員組織」が幾つもある。その一つである「女性組織」は約55万人の構成員を抱え、JAで3番目に大きな組合員組織だ。当初は、農家の女性たちの社会的・経済的地位の向上を活動の主な目的としていたが、現在では農家以外の女性も加入できるという。JA全国女性組織協議会の事務局長を務める堀田氏は、「フレッシュミズ」と呼ぶ農家の若い妻たちを対象とした取り組みなど、女性組織のさまざまな活動を紹介。直売所など、女性組織から生まれ、今ではJAの主要事業となっている取り組みもあることを話した。
JAにおける女性の参画については、正組合員30%以上(2017年21・38%)、総代15%以上(同8・7%)、役員15%以上(同7・7%)を目標としており、さらに女性役員ゼロのJAをなくすことを目指している。女性の管理職は徐々にではあるが年々上昇しており、係長職以上は20・4%、課長職以上は10%と、一般企業よりも高い水準となっている。
高齢化で増える男性の「非営利・協同組織」への参加
3人のパネリストによる発表の後、「男性の立場」からと前置きして話した杉本氏は、ますます進む高齢化や、これまでの「勤労こそ美徳」という価値観の変化から、男性が今後「勤め先以外の世界」に否応なく関わらざるを得なくなる時代が到来すると予想。その結果、これまで女性が実質を担ってきた非営利・協同組織は、男性を迎え入れる、あるいは引き受けざるを得なくなると語った。
それまでこうした活動には無縁で、「会社一筋」で生きてきたような男性たちを受け入れることは、女性たちにとっては「厄介で面倒」かもしれないと杉本氏。しかし、最初は男性幹部から「素人の趣味」のような扱いを受けた女性たちによる直販の取り組みが、JAの主要事業へと成長したように、非営利・協同組織では逆に「少数派」である男性が加わることで、これまでにない大きな可能性を生むのではないかと提言した。
一方、協同組合の場合、「組合員制」という組織の基本的な性格そのものが、こうした可能性を促進も阻害もする要因になり得ると指摘した。それは組織の性格上、組合員の利益を第一に考えなければならず、組合員以外の存在を視野に入れた社会全体の改革に取り組むためには、幾つものハードルがあるからだ。そのため杉本氏は「21世紀の組合員組織は、組合員のみならず、地域に耳を傾け、世界に目を向ける必要がある」と言う。その上で、女性は仕事以外の生活をも地域で担ってきたとし、21世紀型の非営利・協同組織には女性の視点が従来以上に必要となっていくはずだと語った。
■ 第4回賀川豊彦シンポジウム:(1)(2)