日本社会の形成に重要な働きをしたリーダーの一人である賀川豊彦と、民本主義の思想家として知られ大正デモクラシーを代表する政治学者、吉野作造を扱った移動展「賀川豊彦と吉野作造―貧しき者、弱き者のために」が、賀川豊彦記念松沢資料館(東京都世田谷区)で6月27日まで開催されている。
同展は、吉野作造記念館(宮城県大崎市)で昨年10月から12月まで行われ、今回東京に場所を移して開かれている。同時代に生まれ、キリスト者として貧困者に対して同じ意識を持って活躍した2人だが、彼らの関係についてはこれまであまり語られてこなかった。同展では、賀川と吉野が関東大震災時に協力して被災者の救援に当たったことに注目し、2人の偉大な指導者を通して、われわれが今何をすべきかを考える内容となっている。
「第1部 吉野作造と東京大学YMCA」「第2部 賀川豊彦と伝道活動」「第3部 大正デモクラシーと貧民救済」「第4部 関東大震災と吉野・賀川」に、イントロダクションとエピローグを加えた6部構成。賀川と吉野の青年期から晩年まで、写真、原稿、手紙、影印(えいいん)などを展示し、それぞれの働きについて紹介している。
第1部と第2部では、キリスト者として生きる決意を固めた頃の2人について紹介。吉野は、東京帝国大学に入学し、1888年に設立された東京帝国大学基督教青年会(東京大学YMCA)で他の学生たちと共同生活を送る。吉野は、理想に燃える友人たちに囲まれた学生生活を送り、その中で人生の指針を見極めていった。これに対して賀川は、神学校を卒業後、一伝道者として神戸のスラム街に住み込み、路傍伝道をしながら貧しい人々と生活を共にした。
第3部は「大正デモクラシーと貧民救済」がテーマ。賀川は1921年、神戸と灘の購買組合を設立。神戸購買組合は現在日本で最大の生活協同組合であるコープ神戸として続いている。また、神戸の三菱造船所の労働争議を指導しており、この争議に関して寄せた吉野の論考が紹介されている。その中で吉野は、資本家に対して弱い立場の労働者が団結権を持つことを認める一方で、労働運動家と官僚に対して「寛容の精神」を持つべきだと語り、その後急進的な社会主義へと向かっていく労働運動から賀川が次第に距離を置くこととの関連を彷彿(ほうふつ)とさせる。
第4部では、関東大震災時に2人の間に交流が生まれ、それぞれ社会事業を起こしていく様子が展示されている。地震発生時、神戸にいた賀川は、その翌日上京し、無料診療や妊婦・幼児保護といった活動を開始し、その活動を吉野が支えた。さらに吉野自身も、学生と共に被災者救援事業を行っていたことが写真で紹介されている。イントロダクションで飾られている肖像画に見られる学者肌の堅苦しいイメージとは違った、弱者に仕えるキリスト者としての吉野の姿を知ることができる。
さらに、現在は社会福祉法人として地域の人々の医療を支える「賛育会」の当時の資料も見ることができる。吉野は大震災後、賛育会を独立採算とすることで、慈善事業から社会事業へと転換させた。同時に、住民の自治や社会的自立を掲げた「平和村」の建設も手掛けている。吉野が、貧困者を援助するだけでなく、自立させ、その上で互いに助け合っていく社会を目指していたことが、これらの事業に関する資料から分かる。
一方、賀川も震災後、基督教産業青年会を設立し、震災による生活困難者が自力で生活を再建できる道を作ろうとした。中小の工場や企業を再建しようとする人に低金利で融資を行うための信用組合(現・中ノ郷信用組合)、市民が生活必需品を安い価格で購入するための生活協同組合(江東消費組合)についての貸付計算書や領収書、店舗の写真などが展示されている。これらの事業は現在も人々の生活を支える一つの手段として生かされ続けている。
賀川豊彦記念松沢資料館の金井新二館長は、賀川と吉野について、「2人とも民主主義者であることに違いないが、それぞれに持ち味が違う。違った才能を持ち、違った立場から、大正デモクラシーの中で民衆の側に立った指導を行った」と言い、2人の最大の共通点は「クリスチャンとしての隣人愛があることだ」と語った。
公益財団法人賀川事業団雲柱社が運営する同資料館は、賀川が牧師として所属した日本基督教団松沢教会に隣接している。賀川豊彦生誕100年を記念して、1988年に設立された。ガンジー、シュバイツァーらと並んで称され、ノーベル平和賞の候補にも上がった賀川の信仰と実践を広めるため、資料の一般公開や収集、収蔵活動を行っている。
開館時間は午前10時から午後4時半(入館は午後4時)まで。日・月曜日休館。一般300円、65歳以上・小中高生200円。5月30日(土)、6月27日(土)には、午後1時から映画『死線を越えて 賀川豊彦物語』が上映される。映画は入館料のみで鑑賞可能、先着50人。詳細・問い合わせは、同資料館(電話:03・3302・2855、ホームページ)まで。