米国のドナルド・トランプ大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は12日、シンガポールで史上初となる米朝首脳会談を行い、共同声明に署名した。非核化をめぐる具体策には踏み込めなかったものの、トランプ氏は北朝鮮の現体制を保証する約束をし、金氏は朝鮮半島の完全な非核化に向けた「断固として揺るがない決意」を確認した。会談後に行われた記者会見では、トランプ氏が話し合いの中で北朝鮮のキリスト教徒についても言及したことを明かした。
首脳会談は同日午前9時から、通訳を交えただけの両首脳による「1体1」の会談で始まった。その後、両国の高官を交えての拡大会合、実務者も加わったワーキングランチと続き、計約4時間にわたって話し合いが持たれた。
会談後に共同声明の署名式が行われ、トランプ氏は同日夕に記者会見を開催。その中で記者団から北朝鮮のキリスト教徒について尋ねられ、トランプ氏は「われわれはそれ(北朝鮮のキリスト教徒)についても話し合った」と明らかにした。トランプ氏はさらに、北朝鮮への人道支援も行っているキリスト教支援団体「サマリタンズ・パース」の総裁で大衆伝道者のフランクリン・グラハム氏についても言及。「グラハム氏は北朝鮮のために多大な時間を費やしてきたし、また(今も)費やしている。彼は北朝鮮を心に留めている。その話も(会談中に)出たし、これから事が起こっていくだろう」と語った。
グラハム氏自身は12日、ツイッターに「祈りをありがとう。シンガポールでの会談は上手くいったようだ」とコメント。「これは北朝鮮と米国の新しい章の始まりにすぎない。私の変わらない祈りは、神が2人の指導者に知恵を与えられることだ。リスクをいとわない大統領がわれわれにいることを感謝する」と投稿した。
北朝鮮は、迫害監視団体「オープン・ドアーズ」から17年連続でキリスト教徒に対する迫害が世界で最もひどい国に指定されている。米国務省も5月末に発表した「信仰の自由に関する国際報告書」で、北朝鮮では宗教活動に携わった人々が処刑や拷問の対象になるなど「過酷な状態」にあると報告している。
オープン・ドアーズ英国・アイルランド支部のゾエ・スミス氏は、英国クリスチャントゥデイ(英語)の取材に応じ、次のように語った。
「オープン・ドアーズは(北朝鮮で)推計約7万人のキリスト教徒が労働収容所に収容され、その信仰のみを理由に、想像しがたい拷問や非人道的で屈辱的な取り扱いを受けていると見ています。この組織的なキリスト教徒に対する迫害は、北朝鮮政権が犯している数多くの非道な人権侵害の1つにすぎません。この国に本当の変化が訪れるのであれば、われわれはそれを願っていますが、この絶望的な人権状況に正面から立ち向かうさらなる交渉が必要です」
また、脱北して現在は英国で人権活動をしているジョン・チョイさん(仮名)はオープン・ドアーズを通して、次のように語った。
「経済的な前進があればと願っています。そうすれば、北朝鮮の人々にとってより自由な道が開かれ、思想や機会、宗教の自由が整えられるはずです。それには25年から30年くらいかかると考えていましたが、今日のトランプ氏の発言を考えると、それよりもずっと早く実現することを期待しています。
これはプロセスの始まりであり、最初の一歩です。トランプ氏は人権問題についてははっきりとは語ってきませんでした。しかし非核化について語ってきました。非核化により北朝鮮の一般国民を食べさせるだけのお金が生まれ、彼らにより良い生活が訪れることを願っています。
トランプ氏は、人権問題は継続的なプロセスにあると話しました。人権問題が今、議題に上っていることをうれしく思います。しかし金正恩もそれにコミットすべきです。金正恩は強制収容所や信教の自由に触れていない。これは進行中のプロセスであり、継続して提言し、またこのために祈っていきたいです」
韓国クリスチャントゥデイ(韓国語)によると、韓国基督教総連合会(CCK)は、共同声明が出た後すぐにコメントを発表。「紆余(うよ)曲折の末、米朝会談が無事開催され、正常に終わったことを歓迎する」とし、「今後も米朝や南北首脳による対話が継続され、朝鮮半島の平和のための足取りが継続的に進展することを期待する」と述べた。
一方、非核化については、会談が「プロセスの終わりではなく始まり」だとし、合意事項の実質的かつ継続的な履行により、成功の有無が評価されるとした。また南北首脳会談、米朝首脳会談と続く中、「今にも平和が訪れ(南北が)統一されるように考えるのは望ましくない」と述べ、安易に楽観視することに警鐘を鳴らした。
バチカン放送(英語版)によると、駐韓バチカン(ローマ教皇庁)大使のアルフレッド・シュエレブ大司教は、会談を「真に歴史的」と評価。「(平和に向けた)長く困難の多い道のりの始まりにおいて、重要なページを開いた」と語った。また、韓国カトリック教会の司教らは会談を受け、今月17日から25日まで、朝鮮半島の平和と和解、統一を願って「ノベナ(9日間の祈り)」を行うことを計画している。
シュエレブ大司教は「教皇庁は対話と和解に有益なあらゆる招きに対し、支援を提供することを望んでおり、これをイエス・キリストの良き知らせを北朝鮮に伝える機会とすることを願っている」と語った。
世界教会協議会(WCC)のオラフ・フィクセ・トヴェイト総幹事は、「この地域におけるより平和で安全な未来に向けた道のりにおいて重要な最初の一歩」と会談を歓迎。「われわれは両国の首脳に対し、平和のための対話の道を求め続け、衝突を招く過去のレトリックに逆戻りしてしまう衝動に抵抗するよう求める」と述べた。
その上でトヴェイト氏は、米韓の共同軍事演習や北朝鮮に対する経済制裁の将来的な廃止にも言及。また、共同声明では触れられなかった、1953年以来休戦状態が続く朝鮮戦争の終結に向けた取り組みを進めることを強く求めた。