明けましておめでとうございます。
昨年は、米国大統領選挙に一喜一憂した年だった。その関連本(週刊誌の特集含む)だけでも、大小合わせて100以上のメディアが一国家の指導者選びに関心を抱いていたことになる。考えてみると、これは異常なことだろう。自国の政治に関心を抱くよりも、他国の指導者候補に関する情報が溢れているということは、実は日本がいかに米国に依存しているかを示すバロメーターと言える。
かくいう筆者も、ご多分に漏れず、米国への憧れからかこのようなコラムを書き続けることができたのである。
さて本コラムの目的は、米国大統領選挙、および米国の現状をキリスト教という世界三大宗教の1つに立脚して分析するというものであった。今月20日に新大統領が誕生するということで、私の主要な目的を終えることになる。そこで3回にわたって、今まで述べてきたことのまとめをするとともに、今後の米国の動向について特に宗教的観点から予想図を描くことで、本コラムに幕を引きたいと思う。
巷では、「なぜトランプが勝利したか?」という特集記事や分析本が生み出されている。お手頃な価格で選挙戦の経過をたどることができるのは、冷泉彰彦著『トランプ大統領の衝撃』(幻冬舎新書)である。
冷泉氏はニュージャージー州在住のジャーナリストで、ニューズウィーク日本版に連載記事を持っている。彼はトランプ現象を1年間にわたって追い続けた記録をまとめ、上記のタイトルで発刊した。そこに描かれている事柄(スーパーチューズデー、共和党全国大会、テレビ討論会など)は、私たちもよく新聞やネットで耳にしたことがあるものばかりだ。
興味深いのは、これらがまさに大統領選当時リアルタイムに記述されていたため、ほとんどの人が、トランプ氏が大統領になるとは思っていない中での分析が掲載されていることである。つまり「図らずもそう表現した」ことが、今読むと違う観点から受け取れる、という内容になっているのである。トランプ現象について自分なりにまとめをしたいという方は、ぜひ手に取ってみることをお勧めする。いろいろな刺激を与えてくれることだろう。
私もこのコラムを閉じるに当たり、以下の3点でまとめをしたいと思う。
① トランプ大統領誕生は、米国の「変革作用」「統合作用」にどのような影響を与えるか?
② 福音派(Evangelicals)の今後の動向は?
③ 米国分析において、宗教的観点は従来の視点からどのような変化を迫られるか?
今回は ① について述べさせていただく。
まず正直に告白するなら、私も今回の大統領選挙は、ヒラリー勝利で終わると想像していた。つまり私も「他のマスコミ群」と同じく予想を外した者の1人である。しかし、ひるがえって考えてみるなら、トランプ氏当選を「当てた」からといって、それで全てが分かるというものはない。素直に外れたことは告白するが、それでもこの結果を踏まえて私が主張してきたこととの整合性を図ることはできるし、しなければならないだろう。
本コラムの冒頭で、「アメリカは移民国家であり、共通の過去を持たない者たちが共通の未来を思い描くことでまとまり続けている」と述べた。
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この「共通の未来」を、時代的な制約を受けながらもアップデートしていくために米国全体をまとめ上げる「統合作用」と、新たな時代に適応するために国家としての変化を要求する「変革作用」が存在している。この両作用の間に収まるように、起こった出来事を収束させていくことで、米国は歴史を紡いできたといえる。
では「共通の未来」とは何か。端的に言えば“米国は希望と夢を与え続ける国家であり、その根幹に神が存在する”ということである。米国の紙幣には“in God we trust(私たちが神を信じる故に)”と記されている。これが厳密性を伴っていないことが、多様性を受け止めつつ、まとめ上げるのに役立っている。
米国の「共通の未来」がきしんでいる?
しかし、今回の選挙で少しずつあらわになったのは、この「共通の未来」をアプリオリに(自明のこととして)受け止めていいのか、という問いが突きつけられているということである。
よくトランプ現象について語られるとき、「米国内の経済的二極化」とか「ブルーカラー層の反乱」などと言われてきた。その真偽はともかく、ここで語られていたのは、米国民として全ての人が納得できる「共通の未来」への疑義である。これが個人レベルに留まっている間は、これほどの変化は起こらないであろう。しかし、社会全体を大きく揺り動かすことになる場合、米国に従来から存在していた2つの作用をつかさどる基点(共通の未来)がきしみ始めたと捉えることができる。
当初、私がなぜヒラリー氏が当選すると考えたか、もここにある。トランプ現象が「変革作用」であるとするなら、ヒラリー氏は「統合作用」と捉えることができる。そして、後者が結果的には前者を治めることになるであろう、と予想したわけだ。
しかし、結果的に前者が勝利した。これは「変革作用」が今回は強かった、と受け止めることもできるが、事態はそれだけに留まらない様相を呈している。つまり国家が分断されたのではないか、という報道からも分かるように、単なる「変革⇔統合」の振り子運動内の出来事ではなく、この中心を担っている「共通の未来」そのものが悲鳴を上げているのではないか?ということである。
「アメリカが新たな時代に入った」「混迷するアメリカ」など、騒々しい文言を並べ立てる諸雑誌は、この基点が崩壊しつつある、と訴えていることになろう。もはや今後はこのような振り子運動を継続できないくらいに「新たな」「予測不可能な」変化が米国を襲う、ひいては全世界を襲う、という論調である。
一気にここまで持っていくのはあまりにも早すぎるといえるが、このような構造下で米国が動いているのだ、というメカニズムが明らかにされたという点でも、今回のトランプ大統領誕生は、米国史におけるエポックメイキングな出来事だといえよう。
20日の大統領就任式がかなり混乱しているという。登壇依頼を受けた政治家たちが返答を渋り、式に華を添えるアーティストたちが軒並み参加辞退を表明していると聞く。これは単に「変革作用」が機能している、ということではない。今後のトランプ氏のかじ取りによっては、真に「共通の未来」が瓦解(がかい)する恐れもあるということだろう。
しかし、慌てないでもらいたい。それは「まだ」起こっていないということである。人々の意識が、「当たり前の日常」から「異常事態」へと変わったということは、次の一手をどう打つかが、今回の大統領選挙を位置づけることになるのだろう。
教育学・社会学では"The Hidden Curriculum"(隠れたカリキュラム)という概念がしばしば使われる。学校教育のカリキュラムの中にはない、知識や行動様式や性向、意識やメンタリティーが、意図しないままに教師や仲間の生徒たちから教えられていくことを表したものだ。ここから、無意識下ではあってもその集団に属する者たちを規制し、方向づけてきたある特定のパラダイムのことを指して使われるようになった。
今言えることは、米国のヒドゥン・カリキュラムが、もはや「Hidden(ヒドゥン)」ではなくなったということである。
次回は、「福音派」への影響について、まとめてみたい。
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