ソフィアの中心街から車で約30分、ヴィトシャ山の南の麓(ふもと)に、密林に囲まれたボヤナ村がある。高台で少し空気の良い住宅街、社会主義時代は迎賓館や上役員、共産党の名士などの公邸が建てられていた。20世紀の半ばごろからは、建築が進んで高級住宅街となり、新築マンションの建設ラッシュ、スーパーにオシャレなレストランが軒を連ねる。民主化以来、新エリート集団が立派な邸宅を建て始めたとのことだ。
その中に、壁に囲まれた小さな門が1つ置かれている。そこを入って行くと、空気のきれいな木々に癒やされる道、進むとひっそりとたたずむ石造りの小さな建物が見えてくる。1979年、ユネスコ世界遺産に登録され、現在までそのまま残る中世美術の数少ない遺産として有名なボヤナ教会である。
聖堂は11世紀、13世紀、19世紀とそれぞれ異なる時代に増築の歴史を重ね、構成されている。一番古い東側は、この土地の名主だった別宅地に、小さな十字形の礼拝堂が建てられたのが始まりである。
13世紀には、地元領主のカロヤン伯爵とその妻シスラヴァ夫妻の資金提供を得て教会の中央部分が増築された。1階は後の墓所、2階は初期教会の構造を模倣したとされる。最終部分は地元市民からの基金で、19世紀オスマントルコ支配時代に増築された。その入り口の扉には、教会略奪を試みたオスマントルコによる銃弾の跡も見ることができる。
聖堂内を埋め尽くすフレスコ画が特に貴重なものであり、3層に上書きされているのが確認されている。第1層は11世紀から12世紀にさかのぼる。第2層は13世紀の中央棟が増築されたとき、カロヤンの命を受けて、無名のタルノヴォ美術派が正教の決まりから逸脱せず、キリスト、聖人像、聖書の場面を写実的に生き生きと造り上げた。また、当時の生活模様も垣間見ることができ、240枚ある一枚一枚が実に個性的で、必見である。
教会のパトロンの1人であり、船員や商人などに人気のあった聖ニコラオスの18場面の生涯が描かれており、大変興味深いものである。
さらには、一般に見られる聖書場面の他にカロヤン、デシスラヴァ夫妻の肖像画や、ブルガリアの皇帝コンスタンティン・ティフ王とその王妃イリーナの肖像も描かれており、ブルガリアに実在した歴史上の人物画としては最古のものが現存する。
これらのようにボヤナ教会は、フレスコ画から美術界、その後のブルガリア絵画、ひいてはヨーロッパ絵画の発展においても重要な役割を果たしたとされ、無名の画家集団であるタルノヴォ派においての最高傑作とされている。今日では「ボヤナの巨匠」と呼ばれ、教会を飾り立てた未知の集団の手掛けたフレスコ画は、欠点のない技術、心理的深層、複雑性、写実主義といった点で、真に傑作と呼ぶにふさわしいと評価されている。
異なる時代の増築の歴史が、その時の時代背景や信仰、あらゆる支援を受け、調和の歴史を刻んできた。まさに建物自体が、ブルガリアの歴史そのものといっても過言ではないと感じた。
帰り、門へ向かう途中の森の一本道。
田舎に来たように清々しい緑に囲まれ、小さなその聖堂はひっそりとそこにたたずむ。その一本道が歴史に会いに行くかのようで、門を出ると、まるでタイムスリップでもしたのかと錯覚に陥るほどであった。
ソフィアを訪れるなら、ブルガリアの歴史を肌で感じられるボヤナ教会はオススメの場所である。
ボヤナ教会開館時間
11月~3月:9:00~17:30(入場券の販売は17:00まで)
4月~10月:9:00~18:00(入場券の販売は17:30まで)
休館日:12月24、25日、1月1日
入場料:大人個人10レヴァ、学生2レヴァ
聖堂は施錠、撮影禁止、聖堂案内は予約が必要とのこと。
次回予告(12月10日配信予定)
ブルガリア巡礼紀行はいよいよラスト。奇跡を起こす聖イヴァンのリラ僧院へ行きます。お楽しみに。
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