ウクライナ最高会議(議会)は20日、戦争が続くロシアとつながりのある宗教団体の活動を禁止する法案を第2読会で可決した。ロシアとの関係が歴史的に深いモスクワ総主教庁系のウクライナ正教会(UOC)を狙った法案で、ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領が24日に署名し、成立した。
UOCはロシアと歴史的につながりがあるものの、戦争に反対して2022年5月にモスクワ総主教庁との関係を断ち切ったと表明している。しかし、ウクライナの指導者らは、UOCが依然として、モスクワ総主教庁の指揮下にあるロシア正教会の一部門として活動していると主張している。ロシア正教会は、トップのモスクワ総主教キリルが議長を務める世界ロシア人民評議会が、ウクライナ侵攻を「聖戦」と宣言するなど、戦争を支持する姿勢を示し続けている(関連記事:ロシア正教会トップ議長の「世界ロシア人民評議会」、ウクライナ戦争を「聖戦」と宣言)。
ウクライナにはUOCの他に、コンスタンティノープル総主教庁系のウクライナ正教会(OCU)も存在するが、この法律の対象にはならない。OCUは18年に設立され、翌19年にコンスタンティノープル総主教庁から独立正教会として承認を受けた正教会で、ロシアの影響下からは独立しているとされる。
ウクライナ政府は、UOCが親ロシアのプロパガンダを広めることで、ロシアによるウクライナ侵攻を支持していると非難している。ロイター通信(英語)によると、ウクライナの第3党である欧州連帯党のイリーナ・ヘラシチェンコ議員は、法案が可決された際、「これは歴史的な決議です。最高会議は、侵略国家(ロシア)のウクライナ支部を閉鎖する法案を可決しました」と述べた。また、ゼレンスキー大統領も「霊的独立」への一歩であると述べ、歓迎した。
キリスト教会を中心に、ウクライナの宗教団体の大多数を代表するウクライナ教会・宗教団体協議会(UCCRO)も、この法律への支持を表明している。
UCCROのメンバーらは、法案が可決される4日前の16日にゼレンスキー大統領と面会。翌17日には声明(英語)を発表し、ロシアに拠点を置く組織が「わが国で活動することを不可能にするためのウクライナ大統領の立法イニシアチブを支持する」と述べている。
「ウクライナの信教の自由に対する主な脅威はロシアの侵略です。その結果、数十人の聖職者が占領軍によって殺害され、数百の教会や礼拝堂が破壊されました。モスクワ総主教庁は、ポグロム(集団的迫害行為)や信教の自由の制限、司祭や牧師の拷問や殺害を正当化し、神の教えと普遍的な道徳の基本的規範をこれ見よがしに踏みにじっています」
ロイター通信によると、UOCに所属する個々の小教区(教会)は、今後9カ月以内にUOCを脱退するかどうかを決めなければならない。
一方、この法律に対しては批判もある。批判者の一人である米ディスカバリー研究所の人間例外主義センターのウェスリー・J・スミス上級研究員は、UOCに留まることを望む人々の信教の自由を侵害するものだと主張している。
スミス氏は米保守系雑誌「ナショナル・レビュー」への寄稿(英語)で、「UOCとOCUのどちらがウクライナ正教を合法的に代表しているかという論争は、正教会が解決すべき問題だ」と主張。「しかし、ウクライナ政府は、どちらの教会が『合法的』で、どちらの教会がそうでないか、どちらの教会が公然と活動でき、どちらの教会が弾圧されるべきかを決定すべきではない」と述べている。
また、バチカン・ニュース(日本語版)によると、カトリック教会のトップであるローマ教皇フランシスコは25日、この法律に言及し「祈る人の自由を巡り、懸念を抱いている」と表明。「直接的であれ、間接的であれ、いかなるキリスト教会も廃止されることがないように願う」と述べた。
UOCは、ロシア正教会がウクライナ侵攻を容認する姿勢を受け、侵攻から約3カ月後に、キリル総主教の立場に同意しないとし、モスクワ総主教庁からの「完全な独立と自治」を宣言した(関連記事:モスクワ総主教庁系のウクライナ正教会が「完全な独立と自治」を宣言)。しかし、UOCはその後も、親ロシア派の文献を所持し、侵略への同調を広める手助けをしているという疑いをかけられ、ウクライナ当局による捜査の対象となってきた。
昨年10月にウクライナ最高会議の第1読会で法案が可決された際、ヘラシチェンコ議員は、「(法案は)宗教や教会に関するものではなく、ウクライナの安全保障に関するものです」と主張していた(関連記事:ウクライナ議会、モスクワ総主教庁系正教会の活動を禁止する法案を第1読会で可決)。
キリル総主教はこの際、法案はウクライナを「過去の最も恐ろしいテオマシズム(「神の意志に抗う人」の意)政権に並べるものだ」と非難する声明を発表。「ウクライナでこの法案を可決した発起人や支持者には、政府高官、ウクライナ最高会議の議員、急進的な政治家、公人が含まれています。彼らは、この法案がウクライナ最大の信仰共同体に向けられたものであり、各教区、小教区、男女の修道院を持つ中央集権的な組織としてのUOCを清算することを目的としているという事実を隠さないのです」と述べていた。
また、第2読会で法案が可決された後の22日には、ロシア正教会の聖シノド(主教会議)が声明(英語)を発表。「法案は法の支配の原則に反しており、国民の大多数の宗教共同体の破壊を合法化することを目的とした政治宣言」だと批判した。また、UOCに対するウクライナ当局の取り締まりを公然と支持しているとして、コンスタンティノープル全地総主教バルソロメオス1世も名指しして批判した。