「子どもたちに、『そばにいるよ』という安心を与えたい、ぬいぐるみをもらった喜びを感じてほしいんです」
そんな思いで、毛糸でできたかわいい羊のぬいぐるみを一つ一つ編み上げ、小児がんやダウン症の子どもたちに贈る働きをしている一人のクリスチャンがいる。兵庫県西宮市で「たかお編みぐるみ工房」を主宰する原田隆夫さんだ。
小児がんなど、重病の子どもたちを支える活動をする原田さんだが、実は自身もがん患者。これまでに入院10回、手術5回を繰り返し、抗がん剤治療は100回を超える。ステージ4の大腸がんで、昨年7月に肺への移転が見つかり、同年9月には余命1年を宣告された。
原田さんが作る羊のぬいぐるみは、「編みぐるみ」と呼ばれる。先端がかぎ状になったかぎ針1本を使う「かぎ針編み」の技術を使って、毛糸で作るぬいぐるみだ。がんを発症する前にかぎ針編みに出会った原田さんは、20年近く編み物を続けており、これまでに作った編みぐるみの数は千を超える。
東京神学大学の学部4年生でがん発症
現在は西宮市の実家で闘病生活を送りながら、たかお編みぐるみ工房を主宰している原田さんだが、がんを発症した当時は、東京神学大学で学ぶ神学生だった。実家を離れ、寮生活をしていた原田さんは、一日が礼拝で始まり、夕方6時ごろまで牧師になるための学びをする、厳しくも充実した日々を送っていた。
しかし、学部4年生だった2015年秋、腹痛が続き、血便を何度も繰り返したことから病院へ。思いもよらない重たい事実を突き付けられることになった。大腸がんと診断されたのだった。東京神学大学の場合、牧師になるには通常、大学院に進学する必要があったが、がんの進行状況から進学を諦めざるを得なかった。診断の約1カ月後に手術を受け、翌年3月に学部を卒業。西宮市の実家に戻り、治療に専念することにした。
「神様の言葉を語る伝道献身者として、伝道がしたかったです。神様の御心に従ったとずっと思っていたので、『なぜ』という思いがすごくありました」
過労による療養生活を経て受洗、そして献身へ
原田さんの家族は5人全員がクリスチャンで、姉は東京神学大学の大学院を3月に卒業し、牧師になったばかり。しかし、もともとクリスチャンホームだったわけではなく、家族全員が洗礼に導かれたのは、原田さんが以前、他の病気で療養していたときだった。
原田さんは20代の頃、調理師とスキューバダイビングのインストラクターという2つの仕事を掛け持ち、約4年間休むことなく働き続けていた時期があった。若さに任せて働いていたが、あえなく過労で倒れてしまう。そして、その後の約5年間、自宅で療養生活を送ることになる。
この療養生活の間、体が大分回復してきたころに行ったのが、日本基督教団西宮一麦教会だった。正月の元旦礼拝に行こうという話になり、家族全員で参加したという。原田さんは高校も大学もミッション系で、キリスト教の礼拝には何度も参加していた。また、西宮一麦教会は大学の課題の一環で、かつて礼拝に参加したことのある教会だった。
その後、自然と教会に通い続けるようになり、家族全員で受洗。原田さんは洗礼から3年ほどで牧師を志すようになり、献身に導かれることになった。
「洗礼を受けてから献身まで、健康の上でも一番充実していたと思います。信仰は一律的に高まって最高潮でした。何よりも、イエス様にほれたという感じです。『イエス様、本当にすごい。イエス様についていこう』という思いで献身を決めました」
この間、教団関係の幾つかの修養会に参加し、さまざまな牧師や信徒たちと交流する機会が与えられたことも、原田さんの背中を押す大きな力となった。
闘病生活の支えになった病気と懸命に闘う子どもたちの姿
先輩や仲間の応援を受けつつ、熱い思いを胸に東京神学大学に進んだ原田さん。牧師となる道は途中で閉ざされてしまったものの、神の言葉を伝えたいという思いは今も変わっていない。
2015年にがんが見つかったとき、実はその時点で余命2年と宣告されていた。しかしその後も、大きな手術や副作用の大きい抗がん剤治療に耐えながら闘病生活を続け、既に8年以上が経過している。
この闘病生活で支えになったのが、がん発症時に入院先の病院で出会った小児がんやダウン症の子どもたちだった。まだ幼いながら、全力で自身の病と闘う子どもたち。また、その子どもたちに向き合い、寄り添い続ける家族。その姿に胸を打たれたという。自分もあと何年生きられるか分からない身でありながら、彼らのために何かをしてあげたいという思いが心の底から湧いてきた。
実際に、その思いは寄付などの形で表してきたが、昨年1月に新型コロナウイルスに感染したことが一つの契機となった。幸い重症化することなく自宅療養になり、その期間に自分の思いを文字としてまとめることができたのだ。そして始めたのが、自分が得意とするかぎ針編みを用いて、羊の編みぐるみを作り、小児がんやダウン症の子どもたちに贈るプロジェクトだった。
プロジェクトで製作した羊の編みぐるみは700個以上
原田さんが編み物に出会ったのは、20代の頃、過労で倒れ自宅療養していた時期だった。「この時に、自分が一生やらないと思うことをやってみよう」。そう考え目に付いたのが、母親がしていたかぎ針編みだった。既に出来上がったさまざまな編み物を研究し、全て独学で習得したという。
原田さんは、これまでの手術で大腸のほか、骨盤周りの臓器全てを摘出している。そのため、抗がん剤治療費やその他の薬代、さらにストーマ(人工肛門)費用を含めると、1カ月の治療費は20万円を超える。そこで2021年からは、治療費の足しにできればと考え、編みぐるみを作り、販売することをしていた。
一からデザインし、一つ一つ丁寧に製作する原田さんの編みぐるみは好評で、翌22年には1年間で178個を製作し販売することができた。今では、毎月の治療費の大きな支えになっている。こうした経験もあり、必要な製作費をクラウドファンディングで募り、製作した羊の編みぐるみを小児がんやダウン症の子どもたちに贈るプロジェクトを思い付いたのだった。
これまでに、小児がんの子どもたち向けには9回、ダウン症の子どもたち向けには4回、羊の編みぐるみを贈るプロジェクトを行っており、合わせると700個以上を届けてきた。
羊の編みぐるみには、「幸せを呼ぶ羊さん」という名前がある。原田さんは、猫や犬などいろいろな動物の編みぐるみを製作しているが、「幸せを呼ぶ羊さん」は、2つのプロジェクトのために一からデザインした完全オリジナル。幾つもの動物園を訪れて、実際に生きている羊を見ながらデッサンしたり、美術館や図書館で羊に関する資料を調べたりしながら、難解な編み方も取り入れて作り上げた。
1個を編み上げるのには約6時間かかり、多くても1日に作れるのは2個まで。抗がん剤治療で体調が優れないときは多くは作れないが、体調が良ければ朝から晩まで編み続けるという。
「幸せを呼ぶ羊さん」に込めた思い
編みぐるみ一つを作るだけでも時間と体力を要するが、プロジェクトをしていると、他の困難にも直面するという。「偽善だ」などと、プロジェクトを頭ごなしに否定してくる人がいるのだ。しかも、こうした批判はクリスチャンから来ることが多いという。もちろん、応援してくれる人の方が圧倒的に多いが、「リアルに傷つく」と原田さん。しかし、それでも「幸せを呼ぶ羊さん」を子どもたちに届け続けるのは、この働きが「神様から与えられた使命」だと感じているからだ。
「プロジェクトに参加してくださっている支援者一人一人の思いが、この『幸せを呼ぶ羊さん』を通して、子どもたちに直接伝わってほしいと思っています。大変ですが、この方法が神様の与えてくださっている方法だと思っています」
「病気の中で神様を証しすることはすごくつらいことですが、パウロが主から『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われたように、プロジェクトはこの御言葉を証ししていると思っています」
原田さんが行っているプロジェクトは、1口5千円から支援を受け付けている。5千円につき、「幸せを呼ぶ羊さん」1個を小児がんやダウン症の子どもたちに届けるとともに、金額に応じて支援者にも各種のリターン(返礼)がある。詳細はプロジェクトのページを。その他の編みぐるみの購入や個別の発注は、たかお編みぐるみ工房のホームページを。
また、原田さんは、病気の子どもたちに「幸せを呼ぶ羊さん」を贈ることのできる施設や団体についての情報も募っている。連絡は、LINEまたは電話(090・5973・2944)で。