前回は日本に景教を紹介した人として、ゴルドン女史(Elizabeth Anna Gordon、耶利沙伯・安那・戈登、1851〜1925)を取り上げました。今回は、ゴルドンの寄贈した高野山景教碑の拓本から見えたことについて書いてみました。
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左から高野山景教碑・ゴルドン墓碑(右奥の五輪塔)、景教碑の裏面、その拡大部(著者撮影)
現地で寸法を実測しました。
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著者は2001年5月12日に高野山に出向いて管理人様の許可を得て拓本しました。分かったことの一つとして、文字に点画が2カ所(赤枠の字)欠けていました。載と汾です。手彫りですから、彫り師が忘れたのでしょう。
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次に題額の上に描かれている十字の上の火炎が、十字架上のイエスの釘跡のように見えることです。これは、中国西安にある景教碑の原碑にはないオリジナルの描画です。ゴルドンの意図があったのかは不明です。
これらは拓本採取して分かったことで、碑文画を写し取ることの大切な意義があります。
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※ 参考文献
『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(改訂新装版、イーグレープ、2014年)
旧版『景教のたどった道―東周りのキリスト教』
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