本書は数多あるゴスペル本の中でも、ひときわ異彩を放っている。一般的には「これがゴスペルだ!」とか、「こうするとゴスペルはより深化する」という正のベクトルで物語られるものである。しかし本書はその逆をいく。つまり、何が「ゴスペルではない」のかをはっきりと描き出している。だからといって、ゴスペルの魅力を伝えていないかというと、むしろ他のゴスペル本以上にゴスペルのことがよく分かる一冊となっているから驚きである。
分量はわずか130ページ余りと小ぶりで、行間もページの割り振りも読みやすく工夫が凝らされている。そして今どきの流行なのだろうか、随所にQRコードが記載されていて、著者の木島タロー氏が語った内容を、実際に映像で確かめることができる仕組みになっている。
本書は、一般社団法人パワーコーラス協会の代表理事である木島氏が、自身のゴスペルとの出会い、またゴスペルを通して育んできた知識と教養を余すところなくつづった書である。第5章「命のコーラス」で明かされているが、木島氏は高校時代に黒人霊歌「Soon Ah Will Be Done」に出会い、音楽に魅了されていく。そして音楽大学へ進み、その後は米軍基地でアルバイトをしながら生計を立てていたという。その米軍基地で黒人クワイアのゴスペルに出会うのであった。そこから日本にいながらにして米国文化(特に黒人文化)を体験することになり、その後各地でゴスペルを指導するようになったということである。
本書のユニークな点が2つある。1つは、第1章で読者(大多数が日本人であることが想定されている)に向けて、ゴスペルあふれる黒人教会の礼拝を、言葉と映像(QRコードで紹介)で追体験できるようになっている点である。礼拝のプログラムが詳述されており、礼拝が持つ意味、そしてそこで感じられるであろう雰囲気について、コンパクトにまとめられている。ここまで的確な描写は今まで読んだことがない。米国宗教史的にも、そして黒人の歴史という観点からも、まさに「レジュメ」的に見事にまとめられている。私は大学で講師もさせていただいているが、そのままコピーして学生たちに配布したいくらいである(もちろんそんなことしませんよ!)
もう1つは、日本人として「ゴスペル」とどう向き合うかに悩む人々を「ゴスペル難民」と位置付け、彼らに向け、かゆいところに手が届くようなアドバイスがふんだんに盛り込まれている点である。木島氏はこの悩みの源泉をこう語っている。
ゴスペルという音楽は、西洋の「賛美歌」という父親と、アフリカルーツで必ずしもキリスト教音楽ではない「奴隷歌」という母親を持っている、と言えるでしょう。ここに、日本に生きる私たちへの命題が生まれます。「はたして、私たちがゴスペルに惚(ほ)れ込んだのは、その音楽の父親である賛美歌の要素になのか、母親である奴隷歌の要素になのか」。ここが、この音楽のクリスチャン指導者も、ノンクリスチャン指導者も、無視せず熟考するべき点です。
(中略)日本の多くの人々は、この音楽の「賛美歌」の要素ではなく、「奴隷歌」の要素に魅せられていることを否定することはできないでしょう。(中略)しかし、この音楽は現在「父親の姓」つまり、宗教音楽の肩書を名乗っているのです。(69~70ページ)
そして自らの体験も踏まえながら、日本でゴスペルを歌うことの難しさと、それを海外からは理解され得ない現状をしっかりとした筆致で語り掛けてくれている。読みながら何度も「そうそう!」と合いの手を入れてしまったし、木島氏の葛藤が私にもいくばくかは理解できたのだろうか、不覚にも涙が出てきてしまう場面も幾つかあった。
本書で最も重要なのは、第3章「命のコーラス音楽理論」であろう。当初この章題を見たとき、「音楽の専門家でないと分からないかな?」と勘ぐってしまった。しかしそうではない。上記のような悩みを抱いたことのある人なら、まさにど真ん中、ストレートに、どうしてゴスペルが他のコーラスと異なるのか、また「ゴスペラーズ」に代表される日本の「ゴスペル的なもの」に対して違和感や嫌悪感を根底で抱いてしまうのか、その理由が音楽理論と共に詳(つまび)らかにされているのである。
そして第5章、第6章で、木島氏がたどり着いた結論が開示される。
ゴスペルとは、私の友人たちでもある教会の伝承者たちが人生をかけてその名の意味どおりに扱い育ててきて、アメリカに根付き、花開いている文化です。世界に情報が普及し、この国が十分この音楽を学んだ今、ゴスペルグループやゴスペル指導者という呼称は、キリストの福音を伝えることを目的としている(そしてそれを隠さない)グループや指導者にきちんとお返しするべきです。(123ページ)
これは驚くべき提言である。ゴスペルの世界を誰よりも知り、その中で生きてきた木島氏が、日本の「ゴスペル的なもの」を正真正銘のゴスペルと切り分け、前者は「パワーコーラス」という新たな名称を生み出してでも引き受けようというのだから。
私は後者の立場にある者として、彼のこの決断に福音的な要素を見いだしたのだが、いかがであろうか。そして間接的に「キリスト教会よ、もっとしっかりせい!」と叱咤激励を頂いたような気がしたのである。
私は本書を推します。特に教会の牧師や音楽関係者は必読の一冊です!
■ 木島タロー著『歌って生き抜け 命のコーラス―宗教ファジー日本はゴスペルから何を継ぐのか―』(ギャラクシーブックス、2020年9月)
◇