ゴスペルの人気は根強い。1990年代前半に映画「天使にラブ・ソングを」シリーズが日本でも大ヒットし、それ以降はクリスチャン、ノンクリスチャンを問わず、多くのゴスペル愛好家が生まれている。日本のキリスト教界もこの波にしっかり乗り、各地で宣教の働きとゴスペルの活動が車の両輪のようにかみ合って確かな成果を上げ続けている教会は決して少なくない。そして日本各地で数多くのゴスペル指導者が生まれ、海外からも大物歌手やクワイア、指導者たちがやってくるようになった。
そんなゴスペル界のレジェンドの一人にして、20年以上前から日本に来ることを心待ちにしていたクリスチャンピアニストがいる。ドリーン・アイビーさん(65)だ。幼少の頃からピアノに魅せられ、2004年から12年にかけては、映画「天使にラブ・ソングを2」でも歌われている「オー・ハッピー・デー」で有名なエドウィン・ホーキンスの下でキーボーディストとして活躍してきた。
そんなアイビーさんが、いよいよ日本で本格的に音楽活動を始めた。昨年10月から、大阪府八尾市にあるグレース宣教会で音楽宣教師として活動。まだ3カ月ほどしかたっていないが、すでに多くの人を教会に導いている。
アイビーさんの証し
今月12日には、読売新聞にアイビーさんを紹介する記事が掲載された。彼の活動に興味を抱いた記者が教会を訪れ、たっぷり約2時間にわたってインタビューしてくれた。アイビーさんはそこで、自身の証しを惜しみなく語っていた。
4歳の時に生まれて初めてピアノに触れ、鍵盤を押して響かせた音色を聞いたとき、瞬間的に耳が開かれる体験をしました。その時、「あなたに音楽の才能(ギフト)をあげよう」という神からの声を聞きました。今でも忘れられない感動的な体験です。
それまで一度もピアノを弾いたことはありませんでしたが、その時からどんな曲でも耳に入ってくる音を忠実にピアノで再現できるようになりました。教会の礼拝で覚えた曲、日曜学校で教えてもらった曲、テレビから流れてくる曲など、すべてを弾けるようになったのです。
私の両親は熱心なクリスチャンでしたが、親族含めて音楽的素養を持った者は一人もいませんでした。しかし、8歳でベートーベンの楽曲を完璧に弾きこなせるようになった私の姿に驚嘆した両親は、神から与えられたその才能を存分に伸ばすことをサポートしてくれました。中学卒業後には、大学に飛び入学することもできました。
世の中には、このような「天才」が確かに存在する。しかし彼の場合、他の天才少年・少女とは異なっていた。それは、自分の能力が「神からのもの」であり、「この地で神の働きのために用いるもの」であることを、幼少期からしっかりと理解していたことである。
念願の日本へ
そんなアイビーさんが日本に初めて来たのは、2017年7月。友人のゴスペルシンガー、チャリティ・ロックハートさんの誘いで、彼女のピアニストとして初めて日本の地を踏んだ。実はいつの頃からか、彼の心の中には「いつか日本に行ってみたい。日本で音楽を通して、人々に幸せを届けたい」という思いが芽生えていたという。
「どうして日本に行きたいと?」 記者の質問にアイビーさんは答える。「理由などありません。ただ、神がそう導いておられる、それだけです。『神から与えられた思い』とでもいいましょうか。20年以上前にも日本に行くことを考えました。しかし、その時は実現できませんでした。でも落ち込むことはありませんでした。なぜなら、神から与えられた思いだから、時になればきっと成就すると信じていたからです」
「神ですか・・・」。記者は不思議そうな顔をしながらメモを取っていた。
音楽宣教師として
そんな熱い思いを日本に向けていたアイビーさんは、翌18年に何と片道切符で日本にやってくる。そのまま定住する覚悟での来日だった。その後、兵庫県姫路市の喫茶店オーナーに受け入れられ、姫路市を中心に約1年過ごした。しかし、「やはり自分の働きは音楽を通しての福音宣教」と確信し、昨年10月に八尾市に移住。グレース宣教会の音楽宣教師になった。
移住してからまだ3カ月ほどだが、八尾市では次第に知名度が上がってきている。上述した読売新聞の記事もその一つである。また、八尾市民の8割が訪れるというショッピングモール「アリオ八尾」からお呼びが掛かり、定期コンサートも開催するようになった。アイビーさんの特徴は、目の前の観客からリクエストをもらい、即興でピアノ演奏するというスタイルである。しかもそのレパートリーが広い。ゴスペルや洋楽はもちろんのこと、日本の童謡や唱歌、歌謡曲、そしてJポップや演歌など、ありとあらゆる楽曲を弾きこなすことができる。
加えて、グレース宣教会主催のイベントでも活躍している。特に月2回、グレース宣教会のGMセンター1階で開催している「まちかどピアノサロン」は、ゼロからのスタートだったが、あっという間に30人以上が集まるようになった。その半分以上が未信者である。ゴスペルとセキュラーな曲を織り交ぜながら、ピアノ一つで約1時間、集まった人々の心を音楽で満たしていく。その中から幾人かは礼拝にも足を運んでくれるようになった。
「私は自分をピアニストだとは思っていません。ミュージシャンだと考えています。なぜなら、私は音楽を通して人々に幸せを提供するよう、神から使命を頂いているからです。これが私の生きる意味なのです。私は、この才能が自分のものだと考えたことはありません。これはタダで神から授けられたものですから、一人でも多くの人を幸せにするために音楽を用いたいです」
「米オハイオ州出身の八尾市民」であるアイビーさんの視線は、常に上に向かっている。自分に特別な才能を与えてくれた神のみを見上げ、自分が奏でる音楽を通して、多くの人が神を知ることのみを喜びとし、自分を必要としている場所へ、今日も自転車をこいで(!)向かうのである。
ドリーン・アイビー(Drene Ivy):米オハイオ州クリーブランド生まれ。4歳からピアノを弾き始め、8歳でベートーベンの楽曲を弾きこなす。中学時代にピアノで奨学金を得て、ダーラム大学に飛び入学。同時にイースタン音楽祭ユース・オーケストラに所属し、パーカッションを学ぶ。21歳までに6枚のソロアルバムを発表。教会で音楽指導者として長年仕えるとともに、クリーブランド州立大学でピアノとジャズ理論の歴史を教える。
クラッシック、ジャズ、ゴスペル、ポップスなど、幅広いジャンルで200以上のオリジナル曲を作曲。イースター用の音楽ドラマも手掛けたことがある。2018年に米国での活動を休止し来日。翌19年10月から、グレース宣教会の音楽宣教師として日本を拠点に活動を展開している。
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