昨年のクリスマスイブにナイジェリア北東部ボルノ州でイスラム過激派組織「ボコ・ハラム」に拉致された牧師が、このほど解放された。身代金の期限がわずか数時間後に迫る中、処刑される直前に解放されたという。
治安当局の関係者がナイジェリアのオンライン英字新聞「プレミアム・タイムズ」(英語)に語ったところによると、解放されたのはブラス・イクラ牧師。昨年12月24日、同州の都市チボク近郊にあるペリ村が襲撃された際に拉致された。プレミアム・タイムズの記者は、現地時間の今月3日午後6時15分ごろに国の治安部隊によって移送されるイクラ牧師を目撃したという。
世界で最も危険な過激派組織の一つとされるボコ・ハラムは、直近では2月24日にイクラ氏の動画を公開していた。動画の中でイクラ氏は、ナイジェリア政府とナイジェリア・キリスト教協会(CAN)に対し、殺害前に自身を救出するよう懇願していた。
アフリカのオンラインメディア「ハムアングル」(英語)によると、イクラ氏はナイジェリア北部などで使われているハウサ語で、「私の生存を望むのであれば、大統領、知事、また地方自治体議長の権限で、私をこの苦しみから救ってくださるようお願いします」と求めていた。「今日が私にとって最後の機会となるでしょう。故郷にいる私の両親や親戚の皆さんにお願いします。誰であろうとその気がある方は私を助け、救うべきです。この苦痛から私を解放してください」
ハムアングルが入手した動画では、イクラ氏はナイフを持った覆面姿の男の前にひざまずかされていた。イクラ氏はナイジェリア・ブレザレン教会に所属する牧師で、拘束中に3本の動画が公開された。1本目は昨年12月の拉致から数日後に公開され、残りは1月と2月にそれぞれ1本ずつ公開されていた。
治安部隊はプレミアム・タイムズに対し、イクラ氏の家族とナイジェリア・ブレザレン教会が2月下旬から解放を求めて交渉を続けていたことを明らかにした。自身の解放についてコメントを求められたイクラ氏は、「神様のおかげです、神様のおかげです」と繰り返したという。
米国に拠点を置く支援団体「迫害下のキリスト教徒を救え」のデデ・ラウゲセン事務局長は、ナイジェリア・ブレザレン教会がイクラ氏の身代金を支払った可能性を示唆した。
「私たちは彼(イクラ氏)とザムファラ州の子どもたちの解放を歓迎していますが、ナイジェリアでは2019年以降、身代金目的の拉致が横行したまま対処されていません。学童の拉致が増加していることを深く懸念しています」
身代金目的の拉致は、ナイジェリアの過激派や犯罪者にとって潤沢な資金源となっており、この数カ月の間にも拉致事件が相次いで発生している。
ナイジェリア北西部ザムファラ州では2月下旬、学校が襲撃され女子生徒300人以上が武装集団に拉致され、今月2日に無事解放された。
「残念なことに、拉致はナイジェリアに浸透する一方です。特に政府が共謀している可能性が高い場合、解決が著しく困難な問題となっています」とラウゲセン氏は話す。
ハムアングル(英語)によると、女子生徒たちが3日に解放された直後、過激派はザムファラ州のルワントファ村を襲撃し、その大半を焼き払った上、約60人を拉致した。この襲撃により、多くの住民が身の安全を求めて近隣地域に避難した。
イクラ氏は無事解放されたものの、昨年1月にはボコ・ハラムに拉致された別の牧師が殺害される事件が発生している。
ラワン・アドニミ牧師は昨年1月、自身の信仰を放棄することを拒否した上、身代金の資金も調達されなかったことから、カメルーンとの国境に近いボルノ州の「サンビサの森」でボコ・ハラムに斬首された。
イクラ氏と同様、ボコ・ハラムはアドニミ氏の動画を公開していた。動画の中でアドニミ氏は、「神の恵みによって、私は妻や子どもたち、また同僚たちの元に行くことになるでしょう。(解放の)機会がいまだに与えられていないのなら、それが神の御心なのかもしれません」と語っていた。
ラウゲセン氏は、状況がさらにエスカレートする前に、国際社会はナイジェリア政府に対し責任を求めるべきだと話す。
「状況は非常に複雑で多くの要因が関係していますが、これまでのところ、国際社会はナイジェリアで拡大しているこの災いに対処できていません。万一、国際社会がナイジェリア政府に責任を求めることができない場合、ルワンダで見られた規模の暴力が発生することを私たちは皆、深く懸念しています」
ラウゲセン氏は、軍需産業がテロと戦う資金を入手するために、政府が過激派組織を野放しにしているのではないかと一部のキリスト教徒が懸念していると語った。
「ナイジェリアは本質的に、カリフ制の確立を願うイスラム聖戦の新しい拠点です。ナイジェリアのキリスト教徒やその他の人たちは、政府がナイジェリアのイスラム過激派を無罪放免にし続けていることを非常に懸念しています。ナイジェリア政府は真の責任を果たしていないのです」
オーストラリアのシンクタンク「経済平和研究所」(IEP)の「世界テロ指数」(2020年版、英語)は、アフガニスタン、イラクに次いで、ナイジェリアをテロの影響を世界で3番目に強く受けている国として位置付けている。それによると、ナイジェリアでは2001年から19年までに、テロ関連で2万2千人を超える死者が出たとされている。また、キリスト教迫害監視団体「オープン・ドアーズ」によると、ナイジェリアはアフリカで最も人口の多い国である一方、世界で最もキリスト教徒が殺害されている国でもある。
「ナイジェリアのキリスト教徒には代弁してくれる人がいないのが実情です」とラウゲセン氏は言う。「多くの人が、ナイジェリアは完全な白紙状態に向かっていると考えています。このままでは、中東で『イスラム国』(IS)によって起こされたのと同様の事態になるでしょう。私たちの組織は、他の組織同様、ナイジェリアでキリスト教徒の大量虐殺が起きていると考えています。この大量虐殺は、政府や過激派からトップダウンまたはボトムアップで支えられています」
オープン・ドアーズが迫害のひどい50カ国をまとめた「ワールド・ウォッチ・リスト」(2021年版、英語)によると、ナイジェリアはキリスト教への迫害がひどい世界9番目の国。ナイジェリアは人口の約半数がキリスト教徒で、その数は9500万人余りに上るとされるが、オープン・ドアーズは、ナイジェリアのキリスト教徒が「極度」のレベルでイスラム教から抑圧されていると報告している。
米国務省は昨年12月、北朝鮮や中国、イランなど9カ国に加え、世俗的な民主主義国家では初めてナイジェリアを信教の自由について「特に懸念のある国」に指定している。