世界で最もイスラム教徒が多い国家であるインドネシアで、約40年ぶりにキリスト教徒の国家警察長官が誕生した。就任前には、イスラム教の指導者が強く反発するなどしていたが、これまでのところ大きな暴動などは起きていないという。
インドネシア警察のトップである第25代国家警察長官に就任したのは、リスティオ・シギット・プラボウォ氏(51)。前任のイドハム・アジズ氏(57)の退任に伴うもの。インドネシアは定年が57歳で、リスティオ氏は長ければ6年間は在任する見込み。
インドネシアは特定の宗教を国教としない世俗国家ではあるものの、約2億6700万人の人口のうち9割近くをイスラム教徒が占め、信者数では世界最大の「イスラム教国家」。カトリック系のCAN通信(英語)によると、非イスラム教徒の国家警察長官は1945年の独立以来3人目。また、キリスト教徒の国家警察長官は、第7代のウィドド・ブディダルモ氏(在任:74~78年)以来43年ぶりとなる。
福音派メディア「エバンジェリカル・フォーカス」(EF、英語)によると、リスティオ氏はプロテスタントの改革派の家庭出身で、ペンテコステ派のインドネシア・ベテル教会で信仰の刷新を経験したと語っている。国家警察長官就任前は、「バレスクリム」と呼ばれる犯罪捜査局の局長を務めていた。ジョコ・ウィドド大統領と関係が深く、ウィドド氏自身が候補者としてリスティオ氏を指名した。
リスティオ氏の指名後、インドネシアのイスラム教聖職者団体の一つである「インドネシア・ウラマ評議会」(MUI)のムヒディン・ジュナイディ議長が強く反発。「インドネシアは世俗国家ではあるものの、警察のリーダーが非イスラム教徒であることは適切ではない。どこの国でも指導者が大多数の国民の宗教と同じ宗教を持つのは当然のことだ」などと主張した。また、一部のイスラム過激派支持者らが反対運動を組織しようとする動きもあったという。
しかし、国内最大のイスラム教組織である「ナフダトゥル・ウラマー」(NU)や、国内第2のイスラム教組織である「ムハマディヤ」は、リスティオ氏への支持を表明。反対運動は最小限にとどまった。
インドネシアでは2016年、キリスト教徒として初めて首都ジャカルタ特別州の知事に選出されたバスキ・チャハヤ・プルナマ氏(愛称・アホック)が、再選を目指す知事選中にイスラム教を冒涜(ぼうとく)したとして、大規模な反対運動に遭った。反対運動は50万人が参加する大規模デモにまで発展し、バスキ氏は最終的に有罪となり収監される事態となった。しかし後に、騒動の引き金となったネット上の動画は、バスキ氏の発言を意図的に編集したものであったことが判明し、動画の投稿者もヘイトスピーチを広めたとして有罪になるなどした(関連記事:前ジャカルタ州知事のイスラム教冒とく騒動、引き金役の元大学講師に禁錮1年6月)。
EFによると、インドネシアのエキュメニカル組織「インドネシア教会共同体」(PGI)は、リスティオ氏の就任を歓迎する一方、「リスティオ氏の宗教がその任務を果たすのではない。重要なのは、彼のこれまでの功績であり、民主的で自由でありながらも秩序ある国家としてのインドネシアを目指す彼のビジョンである」と指摘。「彼の任命は、すべての国民が指導者の地位に就くことができる同等の権利を有していることを示している」と伝えた。この他、カトリック教会の司教らもリスティオ氏に対する支持を表明した。
リスティオ氏は就任演説で、少数派が差別的な処遇を受けているとし、警察力の強化と多様性の推進を約束。また過激派と戦い、信教の自由を守り、すべての国民からの信頼を得るために透明性のある警察を目指すと語った。