新型コロナウイルス対策における教会の扱いをめぐり、米国で「教会は必須か」という議論が何カ月にもわたって続いている。黒人差別反対を訴えるブラック・ライブズ・マター(BLM)運動の抗議集会は、感染の危険性がありながらも黙認される一方、教会に対しては一般施設よりも厳しい規制が敷かれている州もある。そうした状況から、州政府の差別的な対応を批判する声が福音派を中心に高まっており、一部では州知事を相手取った訴訟にまで発展している。「信教の自由」をめぐって現在も続く9カ月にわたる闘争の軌跡を追った。
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「必須インフラ」とはみなされなかった教会
1月26日に初の新型コロナ感染者が確認されたカリフォルニア州では、約40日後の3月4日までに感染者が53人に増加した。これを受けて、同州のギャビン・ニューサム知事は同日、緊急事態を宣言。14条からなる州知事命令(英語)を発布した。命令では、管轄下のすべての行政当局が州危機管理局と州公衆衛生局の指示に従って新型コロナ対策に当たること(第1条)、州政府による地方自治体の支援(第2条)などを指示した。
同州公衆衛生局の策定した一連の指示には、3月11日に公開された集会に関する規定(英語)があり、250人以上の大規模な集会や1・8メートル間隔のソーシャルディスタンスを保てない小規模な集会は中止か延期することなどが定められた。
その後、米サイバーセキュリティー・インフラセキュリティー庁(CISA)は18日、「コロナ禍における重要インフラの選定」(英語)を発表。化学、商業、通信、重要製造業、ダム、防衛、救急消防、エネルギー、金融、食品・農業、政府組織、医療・公衆衛生、情報技術、原子力発電・核燃料・核廃棄物産業、交通、上下水道の16セクターを「必須インフラ」と指定したが、教会などの礼拝所は除外された。なお、「商業」セクター(英語)には、エンターテイメント、ゲーム、宿泊、アウトドアイベント、動物園・水族館・スタジアム・コンベンションセンターなどの施設、ショッピングモールなどの流通、スポーツなどが含まれ、連邦政府によって、教会などの礼拝所の重要性がこれらの産業以下と見なされた形となった。
ニューサム氏が19日に出した知事命令(英語)には、CISAが指定した16セクターに従って重要産業を指定することが記されており、これらの産業に従事しないすべての州内住民に対し、自宅にとどまるよう命じた。これは「外出禁止令」として日本でも報道されたが、実質的に教会での集会を州政府が禁じる形となった。
同州は4月28日、4段階からなる活動再開計画(英語)を発表。教会に人が集まっての礼拝はステージ3になってようやく許可されることとなった。ステージ3には、ヘアサロンやネイルサロン、ジム、映画館、無観客のスポーツが含まれており、これらと教会の重要性が同列に置かれる形となった。同日開催された記者会見(英語)でニューサム氏は、政治的な動機や抗議集会は、許可する活動の範囲を広げる理由にはならないとし、科学的な指標の変化のみによって活動の再開を許可すると述べた。
早期再開求め教会が州知事を相手取り提訴
これに対し、教会は必須な存在であるとして、教会のより早い段階での再開を求めて、同州チュラビスタのサウスベイ・ペンテコステ教会が5月8日、ニューサム氏を相手取り訴訟を起こした。同教会は訴状(英語)で、同州が新型コロナ対策における市民の宗教的権利に関して一言も言及しなかった8つの州の1つであると指摘した。
訴状が提出された日には、感染拡大が安定化しつつあるとし、同州は活動再開のステージを1から2に引き上げ、流通や製造業は再開した。しかし、ステージ3である教会は再開の対象とはならず、同教会はその点を指摘しながら、「今こそ市民の宗教の権利をないがしろにするカリフォルニア州の方針を再検討すべきとき」と迫ったが、第1審は敗訴に終わった。
大統領の「教会必須」発言
ドナルド・トランプ大統領は22日、ホワイトハウスで開いた記者会見(英語)で、米疾病予防管理センター(CDC)が信仰共同体のためのガイダンスを発表するとし、以下のように宣言した。
私は今日、教会、シナゴーグ、モスクなどの礼拝所を「必須なサービス」を提供する「必須な施設」として指定します。何人かの州知事は酒屋や妊娠中絶医院を必須だと見なしておきながら、教会などの礼拝所を除外しています。これは正しいことではありません。そのため、私はこの不正義を是正し、礼拝所を必須とします。私は各州知事に教会などの礼拝所を即時再開させるよう要請します。州知事がこれに疑問を持つなら、私に電話をしなければなりません。しかし、電話しても彼らの思い通りにはならないでしょう。
これらの施設によって、われわれの社会の団結と国民の融和がもたらされるのです。国民は教会、シナゴーグ、モスクに行けるようになることを強く要求しています。礼拝は米国人の人生の中で連綿と必須な一部を担ってきました。司祭、牧師、ラビ、イマム、他の宗教指導者の皆さんは、集まって祈る際に信徒の安全を確保するでしょう。私は彼らをよく知っています。彼らは自分たちの信徒を愛しています。自分たちの身内を愛しています。彼らは信徒にも、その他のどんな人にも、悪いことが起きてほしくないと願っています。州知事は皆正しいことをすべきです。それはこれらの非常に重要で必須な信仰の場所を開くことです。今すぐにです。今週末のために。もしそうしないなら、私が州知事(の決定)を覆します。米国で私たちに必要なのは、もっと祈りを増やすことであり、減らすことではないのです。
州法の立法権など各州に大きな自治権が保証されている米国の大統領が、州知事の命令を覆すとまで踏み込んだことで会見場は騒然となった。記者たちからは質問が噴出したが、トランプ氏はどれにも取り合わずに会見場を退室。州知事の決定を大統領が覆すことのできる法的根拠について繰り返し質問が出たが、質疑応答を担当したケイリー・マケナニー大統領報道官は根拠を提示することを避け、合衆国憲法修正第1条に記された信教の自由を強調した。
テキサス大学法学部のロバート・チェスニー教授は同日、ロイター通信(英語)に対し、大統領には州の決定を覆す権限はないと述べたが、全米知事協会はコメントを控えた。ウォール・ストリート・ジャーナル(英語)やCNN(英語)、ABC(英語)も、トランプ氏の発言について否定的に報じた。
対州知事訴訟で教会の敗訴が確定
ニューサム氏は同日の記者会見で、同州が礼拝所に関する独自のガイドラインを作成中だと発表。メガチャーチや小規模な教会など異なる実情に合わせて対策すると述べた。ニューサム氏は自身がカトリックであることを引き合いに出し、宗教を尊重している姿勢を示したが、会見の動画には批判的なコメントが殺到。動画の評価も低評価が目立った。その後25日には、「新型コロナ対策のための産業別ガイダンス:礼拝所、宗教と文化行事サービス提供者用」(英語)を発表。「礼拝所は、建物の収容可能人数の25パーセントまたは100人未満に参加者数を制限しなければならない」と定めるとともに、体温測定、清掃、参加者の間隔などを13ページにわたって詳細に指示した。
サウスベイ・ペンテコステ教会は22日、第1審を不服として控訴したが敗訴。翌日23日に、トランプ氏の「教会必須宣言」「州知事(の決定)を覆す」発言を訴状(英語)で引用しつつ連邦最高裁に上告したが、29日に棄却された。最高裁は判決(英語)で、同州が規定した「25パーセントまたは100人未満」の制限に触れ、「カリフォルニア州のガイドラインは礼拝所に制限を置くものではあるものの、これらの制限は憲法修正第1条の自由な権利行使条項とは矛盾しないと見られる」とした。一方で、トランプ氏の教会必須宣言には言及しなかった。
この訴訟で同教会の代理人を務めたのは、シカゴの非営利キリスト教法律事務所「トマス・モア協会」。同協会は全米の公益を目的に掲げ、反中絶、伝統的家族観、信教の自由を理由に訴訟せざるを得なくなったクリスチャンたちの代理人となって、多数の訴訟を戦ってきた。
同協会は声明(英語)で、同州の「25パーセントまたは100人未満」の制限は、「宗教集会を排他的にターゲットにした恣意的な制限であり、明らかな差別」と批判した。同協会のトム・ブレッチャ会長は、「このような参加制限は、サンディエゴ市内はおろかカリフォルニア州全域を見ても教会以外の活動や集会に強制されていない」と指摘。宗教者は衛生管理能力がないと見なす州政府の偏見と不信頼が、製造業や小売店にはまったく課されていない制限を教会にだけ押し付け、「教会はこれでもう再開した」と偽りの宣言をしていると述べ、強く非難した。