新型コロナウイルスをめぐり、科学の「政治化」が進んでいることに警鐘を鳴らす声明を、米国に拠点を置くキリスト教の科学財団「バイオロゴス財団」(デボラ・ハースマ会長)が発表した。福音派の指導者も多数署名者として名を連ねており、24日現在で署名者は5千人を超えている。
バイオロゴス財団は、米国立衛生研究所(NIH)の所長で、人間の遺伝子の全塩基配列を解析する「ヒトゲノム計画」の責任者などを務めた生命科学者、フランシス・コリンズ氏が設立した財団。科学と聖書的信仰の調和を目指した活動を行っており、コリンズ氏は今年、宗教界のノーベル賞と呼ばれる「テンプルトン賞」を受賞している。
今回発表された「コロナ時代における科学に関するキリスト教声明」(英語)は冒頭、「神の言葉の権威を支持」するという立場を表明した上で、「科学はこの世界を理解するために神が与えられた手段」であると指摘し、「『科学』という言葉が文化戦争の武器」になっていると憂慮した。また、クリスチャンの中にも陰謀論に影響を受けている人もいることを認めた上で、「明確な科学的根拠を無視すべきではありません」などと訴えている。
声明には、英オックスフォード大学上級特別研究員のN・T・ライトや、米国福音同盟(NAE)会長のウォルター・キム、米フラー神学校学長のマーク・ラバートン、世界福音同盟(WEA)前総主事のジェフ・タニクリフの各氏らが名を連ねている。
声明の本紙日本語訳は以下の通り。
この声明に署名した私たちクリスチャンは、神の言葉の権威を支持し、科学はこの世界を理解するために神が与えられた手段であると考え、この声明に賛同するものです。私たちはすべてのクリスチャンが公衆衛生の専門家の助言に従うことを願うとともに、新型コロナウイルスに関して極めて重要な生物医学的研究を行っている科学者を支援するよう呼び掛けます。
多くの人命が危険にさらされる中、公共の場で科学の二極化や政治化が進んでいることを私たちは深く憂慮しています。「科学」という言葉が文化戦争の武器になっています。科学者が侮辱され、その発見が無視される一方で、陰謀論は急速に広まっています。悲しいことに、クリスチャンもこうした傾向の影響を受けやすいようです。思慮深いクリスチャンは新型コロナウイルスに対する公共政策に異を唱えるかもしれませんが、明確な科学的根拠を無視すべきではありません。
科学者たちが専門外の分野で語ることに、クリスチャンが懐疑的になるのは至極当然です。万一、科学が神は存在しないとか、信仰は単なる迷信にすぎないなどと主張するなら、私たちは断固それを拒否します。そのような主張は、科学が取り扱える範囲を超えているからです。人種差別主義のタスキギー梅毒実験のような残虐行為を犯す目的で、科学や医学が悪用された時代を私たちは嘆いています。しかし、科学者や医師が専門分野で語っている場合、クリスチャンはその見解に耳を傾けるべきです。取り分け、何百万もの人命が危険にさらされている場合はなおさらです。
神は人体を恐ろしいほど奇(くす)しく造られたと聖書は教えています(詩編139:14)。このように生物医学の研究に携わる者たちは、クリスチャンであろうとなかろうと、神の御手の業そのものを研究しているのです。科学者たちはウイルスや人体、治療方法、ワクチンなどに関する真理を発見しています。クリスチャンである私たちは、科学的真理を含むすべての真理が究極的には神から来たことを知っています。
神は奇跡的な癒やしを行うことができますが、神は医師や科学者を通して癒やしをもたらすこともできます。ジョナス・ソークがポリオワクチンを発見する前は、年間35万人もの人がポリオで命を落としていました。そのほとんどが子どもたちでした。フランシス・コリンズ博士のように生物医学の分野に携わるクリスチャンたちは、自分たちの仕事を通してイエス様が癒やしの御業を成し続けておられると考えています(マタイ15:30)。医療の追求は神への信仰が弱いことのしるしではなく、神の賜物を感謝して受け取ることなのです。
米国の国立衛生研究所や疾病予防管理センターをはじめとして、多くの大学や研究機関でさまざまな信仰の科学者たちが新型コロナウイルスとの闘いに懸命に取り組んでいます。多くの科学者は自身が取り組んでいた研究を中断し、このウイルスがどのように機能するのか、どのように拡散するのか、また、どうすれば感染症を治せるのか、どのワクチンが安全で効果的なのかを正確に突き止めることに専念しています。専門家たちは感染拡大が進行する中、リアルタイムで知識を伝え続けてきましたが、それによって幾分かの混乱が生じてしまいました。当初は医療従事者への物資の提供を優先するため、専門家は一般市民にマスクを使用しないよう勧めていましたが、その後、データ量が増えるにつれ、勧告の内容を変更しました。勧告の変更は力不足や信頼性のなさの表れではなく、善良で誠実な科学の実践の表れです。最も重要な点は、科学的な予測が正しかったことが証明されていることです。科学者たちは、ステイホームを勧めることで感染が減ると言い続けてきました。感謝なことに、その対策は功を奏しました。科学者たちは、外出自粛の終了が早過ぎる場合、感染が増えると予測していましたが、そのとおりになりました。
科学者はすべてを知っているわけではなく、他の人と同じように知識に偏りがあります。そのため、科学研究のプロセスには、科学界全体によるテストや審査、検証などのステップが組み込まれているのです。個々の科学者には知識の偏りがあるかもしれませんが、科学界としては知識の偏りや誤りを減らすため、積極的に他者の研究を批評しています。それはデータ検証によるコンセンサスが出るまで続きます。それが完璧なプロセスだというわけではありませんし、常に異論を唱える人もいますが、複数の科学者による共同研究は、ユーチューブに投稿されている特定の個人の理論よりもはるかに正確です。科学者たちはコンセンサスが不確かな状況では結論を急がず、意思の疎通を図るよう訓練されています。インタビューでは言葉を選ぶあまり、とぎれとぎれに話すかもしれませんが、しばらく耳を傾けていると警告が聞こえてきます。ですから、米国の代表的感染症専門家であるアンソニー・ファウチ博士がこの感染症について科学者たちが学んだことを語る際には、耳を傾けるべきです。
妥当な決断を下すには、科学だけでは不十分です。「科学」を引き合いに出しさえすれば、公共政策に十分だというわけではありません。多くの要因を考慮する必要があります。感染拡大による経済的損失と社会的困難は痛ましい状況です。思慮深いクリスチャンの間では、社会経済的ニーズと健康上のニーズのバランスを取る方法について見解が一致していません。私たちにとってより身近な関心事は、外出自粛が教会の交わりに与える影響です。教会が再開される際に、私たちクリスチャンは教会内の弱者を守るという神の呼び掛けと、教会に集まって集会を行うという神の呼び掛けのバランスを取る必要があります。この決定を下すには、科学以上のものが必要です。賢明で洞察に富んだ聖書的な信仰が必要です(ヤコブ3:13~18)。他の伝染病の世界的流行の中で各時代のクリスチャンたちが既に示してきたとおり、病人や年少者、老人や弱者に対する深い思いやりへと私たちを動かすのは信仰です。そのためには、これらの最も小さな者たちを思いやりなさいというイエス様の命令に従う必要があります(マタイ25:31~36)。私たちにはキリストにある恒久的かつ完全な自由がある故、私たちの信仰は、他者の益のために自分を犠牲にし、自分の自由を一時的に制限することを求めています(へブル10:34)。私たちの信仰は、見解が分かれる問題を話し合う際に謙虚で忍耐強くなる助けになります(エフェソ4:2~3)。恐れを克服して希望をもたらすのは科学ではなく、私たちの信仰です。神は私たちの避け所であり、力であり、苦しむとき、そこにある助けです(詩編46:1)。
それ故、私たちは、イエス・キリストへの信仰により以下のことを行います。
マスクを着用する
基礎疾患などによりそれができない場合を除き、屋内の公共の場ではマスクを着用し、公衆衛生当局によって示された物理的距離の確保のルールに従いましょう(ペトロ一2:13~17)。確かにマスクを着用することは不快で不便なことですが、マスクを着用することで病気を他の人に感染させる可能性が減ることは明らかです。マスク着用のルールは、専門家が私たちの自由を奪うものではなく、隣人を自分自身のように愛しなさいというイエスの命令に従う機会なのです(ルカ6:31)。
ワクチンを接種する
安全で効果的なワクチンが入手可能になったときには、医師の指示に従って新型コロナウイルス感染症のワクチンを接種してください。ワクチン接種できない免疫不全者や、その他の人々を守る「集団免疫」を進めるためには、人口の大部分の人々がワクチンを接種する必要があります。ワクチン接種は、自分自身のためだけでなく、私たちの中で最も弱い立場にある人々のためにも病気を予防するよう、神が与えてくださったものなのです(マタイ25:31~36)。
誤情報を正す
ソーシャルメディアや地域社会で誤った情報や陰謀論に出会ったら、それを正しましょう。クリスチャンは真実を愛するように召されており、偽りに振り回されてはなりません(コリント一13:6)。私たちは、信頼できるコンセンサスのある情報源からの正確で科学的な公衆衛生情報を積極的に推進し、私たちの家族、教会、学校、職場のための意思決定を行う際に、この情報を利用します。
正義のために働く
新型コロナウイルスで最も多くの死者を出している地域社会のために、正義のために働きましょう。クリスチャンは、正義のために闘う勇気を持つように召されています(ミカ6:8)。私たちは、不利な立場にある人々や弱い立場にある人々に対して、最も関心を持たなければなりません。被害を受けているグループには、老人ホームの高齢者、多くがきれいな水にアクセスできないナバホ・ネイション(米国先住民の準自治領)の人々、医療へのアクセスで差別を受け続けている有色人種の人々などが含まれます。
祈る
私たちは神が何百万人もの病人を癒やし、何千人もの悲嘆にくれる家族を慰め、意思決定者に知恵を与えてくださるように祈ります。私たちは、生物医学と公衆衛生の研究者が治療法と安全で効果的なワクチンを開発するために働いている間、神が研究者たちを支えてくださるように祈ります。私たちは、看護師、医師、検査技師、そして新型コロナウイルスと闘うすべての医療従事者が、患者と私たちの地域社会に奉仕している間、神に守られるように祈ります。そして私たちは、神がすべての人々への正義と繁栄をもって、私たちの都市と国を祝福してくださるように祈ります(エレミヤ29:7)。