2014年になるまで、ナッシュビルツアーは計3回行ってきた。常に10名、時には20名近い方々と共に出向くナッシュビルツアーであった。しかし2014年3月下旬から4月にかけて行ったツアーでは、義弟と私のみという、たった2人の旅、すなわち「最も小さなナッシュビルツアー」となってしまった。
しかし、規模が小さいからといって、その中身も矮小化したわけではない。JAG(Japan Association for Gospels)の働きをクライストチャーチにお伝えし、理解と合意を得るという大きな仕事が待っている。そのため、この時のツアーは心なしか出向く前から緊張し、そして祈りを持って事を進めるという、まるで霊的な「匍匐(ほふく)前進」のような時期であった。
義弟はビデオを回してくれたので、私の一部始終が記録されてしまったことになるが、それが結果的にものすごい映像を撮影することになった。それは今回、初めてテネシー州クリーブランドへ行き、あるアカペラ団体と会うことになっていたからである。
今回訪れるのは、クリス氏の母校であるとともに、米国ペンテコステ教会内では巨大教団の一つに数えられる「チャーチ・オブ・ゴッド」教団が運営する「Lee大学」であった。このアカペラグループは、その大学の「広告塔」的な役割を担うスーパー音楽集団であった。
クライストチャーチのクリス氏は、その卓越したピアノ技術のみならず、大学時代にはこのアカペラグループに所属していた。グループ名は「Voices of Lee(以下、VOL)」。聞くところによるとこのアカペラグループは、2012年のオバマ大統領再任の就任式で歌声を披露しているという。VOLに入れるのは、全校生徒の中からわずか15名であり、しかも毎年オーディションでメンバーが選抜されるというのだ。いったん入部したからといって、4年間安泰なのではない。
通常のツアーのように、友人宅を訪れたり、クライストチャーチの礼拝に出席したりした後、私たちはクリス氏とその部下であるフィル氏(彼もまたVOLの卒業生)と共に、火曜日の朝5時に出発した。片道3時間かかるということで早めに出発したのだが、もう一つ大切なことがあった。それは、「タイムゾーン(時間変更線)」を越えなければならないということであった。
米国には2カ所タイムゾーンがあった。そして東に進むにつれ、時間が1時間ずつ早くなっていくのである。その変更線が、ナッシュビルからクリーブランドへ行くまでにあったため、5時にナッシュビルを出ても、現地(クリーブランド)ではすでに6時になっていると計算しなければならなかった。私たちは大学で行われる朝9時のチャペルアワーに間に合う必要があったため、早朝5時に出発しなければならなかったのである。こんなところからも、米国の広さとダイナミックさを感じられる。
朝暗いうちから車を走らせ、到着したらすでに午前中も半ばである。町に入ってびっくりしたのは、小高い丘にあるその町全体が大学であったこと。ちょうど日本でいうならつくば学研都市のように、その町全体が真ん中にある大学を中心として動いていたのである。そのため、キャンパスに入ってもなかなか目的地へ着かない。
「この辺りをいつも車で走っていたよ」とクリス氏は懐かしく言うが、確かにこの地域は車がなければまったく身動きが取れないだろう。確かに広大なパーキングが幾つも存在し、そこに思い思いの車が並んでいるさまは、さながらショッピングモールのようだった。
しかし目を引いたのは町の大きさではない。建物のきれいさ、そして「威風堂々」という言葉がぴったりの新チャペルの佇まいである。Lee大学は、クリスチャン大学として南部では有名な大学らしく、一般社会の第一線で活躍する人を多く輩出しているという。社会とキリスト教がしっかりと手を組んでいる米国だからこそ成し得る一つの「理想形」である。
車をチャペルの前に停め、降り立った瞬間、背後から声がした。「ようこそ!ようこそ Lee大学へ!」
そこには大柄な白人男性が立っていた。白い髪の毛と蓄えられた白いひげ。そのマッチングはまさに「KFCのカーネルサンダース」そのものであった。彼はやおらクリス氏のところへ進むと、大きな手を広げて彼をハグし、「My son!」と語り掛けていた。
次いで私と義弟を見つけ、同じように大きな手を広げて私たちをぎゅーっと抱きしめた。そして手にしていた袋から何かを取り出すと、無造作に私たちに差し出してきた。それはVOLのCDとTシャツ、そして大学案内のパンフレットであった。
彼こそが、VOLの創立者であるとともに現役の指導者、ダニー・マーレイ氏であった。彼のものすごさは、後ほど思い知らされるのだが、出会ったときのこの強烈な印象からも、マーレイ氏の熱量は十分伝わってくるものがあった。
マーレイ氏に導かれて、私たちはチャペル内に入っていった。そこにはすでに千名以上の学生たちが集い、礼拝が始まるのを待っていた。そのさまは、まるでコンサート前の観客のようであった。私はクリス氏に「彼らは何を興奮しているの?」と尋ねた。彼は「もちろん、VOLさ!」と誇らしげに答え、次々と大学関係者とハグを交わしていた。クリス氏が大学内でもかなり有名な生徒であったことが分かる。そして――チャペルが始まった。(つづく)
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