同志社大学の全学部共通科目「建学の精神とキリスト教」では、2019年度の授業で『上馬キリスト教会の世界一ゆるい聖書入門』(以下『せかゆる』)をサブテキストとして採用したという。講師の青木保憲氏に、採用の経緯や『せかゆる』の魅力を伺った。(インタビュー前半はこちら)
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クリスチャントゥデイ(CT):『せかゆる』で、良かったと思う箇所をもう少し詳しくお話しいただけますか。
青木:先ほどお話しさせていただいたように、あくまでもキリスト教ビギナーの読者目線を貫いているところが、本書最大のポイントだと思います。例えば、PART7の「日本の日常に潜む聖書」という項目はとても重要だと思います。「豚に真珠」「目からうろこ」なんて、私たちが日常で使う言葉ですからね。
どんなに私たちが「キリスト教なんて関係ない」と言い張ったところで、私たちとキリスト教、そしてその教えを生み出した源泉たる聖書とまったく無関係に生きることなんて、現代においては不可能です。やはりキリスト教が「歴史的宗教」という枠を持つからでしょう。するとビギナーだろうと、長年のキリスト教徒であろうと、必ず聖書が語っていることと「地続きな(リンクしている)」側面があるはずなんです。
『せかゆる』では、日本のことわざや昔のエピソードを紹介し、皆が良く聞き知っている言葉やメッセージの出どころとして聖書を提示しています。個人的に面白かったのは、大岡越前とソロモン王の共通点について語っている196ページからのエピソードです。これは私も子どもの頃に感じたことでして、あらためてこういった形で提示されると、思わず「へぇボタン」を押してしまいたくなります(笑)。
なじみがある、または自分自身と地続きでリアリティーがある、となると、そこに相互交流が生まれます。特に全学部共通科目では、こうした点が大切だと思います。自分の専攻科目のように、専門的に深く掘り下げるわけではない。だからといって、まったく自分の生活圏や興味関心とかけ離れたものでは、実のある学びにはならない。そういう意味で「へぇ」と思ってもらえることが一番とっかかりとしてはいいのです。
CT:授業のテキストとなると、多くの学生が手に取ることになりますが。
青木:はい。キリスト教に対する興味をかき立てるという点において、『せかゆる』は最適です。しかし、例えば神学部の学生ように、聖書やキリスト教を深く探求しようとすでに決めている学生たちにとっては、あまり刺さらない内容かもしれません。「もう知ってるよ」ということです。
しかし、それでいいと思います。だから生身の講師がいて、その隙間を埋めていく作業が必要になってくるんです。新島襄の生涯や同志社の歴史に深く分け入るためには、『せかゆる』はメインのテキストにはなり得ません。聖書の概要を聞いて知識を習得したり、彼らの当時の世界観を理解する上での「サブテキスト」として、本書は威力を発揮すると思います。
新島たちが行った歴史的事実があり、その背景として彼が依拠した聖書が存在する。これを単なる事実の羅列として伝えるだけでは「建学の精神」とはなりません。どうして新島たちはそんなエネルギーや情熱を持つことができたのか、についてまで伝えることが必要だと思います。しかし、本書に出会う前までは、その段になっていきなりフックが外れてしまう感覚に陥っていました。
CT:それはどうしてですか。
青木:私の講師としての力量が未熟で、同志社が創設された明治期のリアリティーをうまく伝えられないことが一つ。加えて言うなら、多くの学生たちが聖書やキリスト教になじみがないため、表面的な年号や事実のみを暗記して終わってしまうところに原因があったと思います。
「なぜ新島はそうしたのか」「どこからこんな発想と実行力が生まれてきたのか」など、これらのことを学生たちに考えてもらうには、現在の私の力量と資料では限界があると思ったのです。
以前はそれでも、学生たちにそれを教え込もうとしてきました。「こういうものだよ」と分かりやすく提示し、その提示したものを、可能なら100パーセント彼らの中に入れ込もうと苦心してきました。しかし受け手にその気持ちがないなら、それはコップを裏返してそこに水を注ぐようなものでしょう。水がコップの中に入らないどころか、周りに飛び散って迷惑する(笑)。
大切なのは、私が彼らに何かを教え込むのではなく、彼ら自身が、私が提示するものに興味関心を持つよう、引き出すことです。彼らが垣間見せてくれるさまざまな事柄に対する興味関心に聖書をリンクさせることができれば、彼らはおのずと学ぼうとするし、いろいろと質問も出てくることでしょう。
CT:その最適なツールが『せかゆる』だったというわけですね。
青木:そうです。実はすでに18年度秋学期で試験的に本書を紹介してみたんです。すると多くの学生が読んでくれたようです。こんな感想を書いてくれた学生がいます。
堅苦しいイメージのある聖書を少し面白くすることで、宗教に疎い若者を引き付ける素晴らしい本でした。さらに聖書の世界が拡散されるだろうと思います。
読みやすくてキリスト教をより身近なものに感じられました。キリスト教の専門用語を平易な言葉で解説された気がします。この本をきっかけに、もっとキリスト教関連の本を読んで、理解を深めたいと思いました。
彼らはおそらくキリスト教徒ではありません。しかし「キリスト教」に興味は持ってもらえたと思います。そしてその土台の上で、新島の活動を考えることができるなら、細かい歴史的な差異はともかくとして、彼の情熱、活動の原動力を踏まえた理解に達することができるのでは、と期待しています。
CT:『せかゆる』は、上馬キリスト教会の信徒のお二人が書かれているそうですが、最後に著者のお二人へメッセージをお願いします。
青木:本当に素敵な本と出会えました。ありがとうございます。日本のようにキリスト教リテラシーが低い土壌には、『せかゆる』のようなアプローチと切り口が大いに役立つと思います。こういった視点での第2弾はないでしょうか。ぜひ続刊を期待しています。(終わり)