ワーナー・ブラザース映画元製作室長の小川政弘氏(77)と、本紙に多くの映画評を寄稿している青木保憲牧師(50)による対談。第3回では、最新のクリスチャン映画について熱く語っていただいた。
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「パウロ 愛と赦(ゆる)しの物語」(2018年、ネタバレあり)
――今年は7月に「最後のランナー」、11月に「パウロ 愛と赦しの物語」が日本の映画館で上映されることになりましたが、お二人はご覧になりましたか。
小川:はい。観ています。特に「パウロ」は素晴らしかったですね。
青木:私は一連のクリスチャン映画は一応押さえているんです。「神は死んだのか」から最新の「パウロ」までですが。日本でもクリスチャン映画が客層をきちんとつかんでいることをうれしく思います。「パウロ」は、大阪で行われた試写会で拝見しました。とても真面目なクリスチャン映画だなと好感を抱きました。
小川:特に素晴らしかったのは、パウロが本当にキリストの愛に生きている姿ですね。どんなに迫害されても、それをまさに副題にある「愛と赦し」の精神で耐えて、暴力に訴えないよう人々を説得しています。こういった背景があって、あの使徒言行録がルカの手によって書かれたのか、と思わされました。
青木:そうですね。あの鬼気迫るパウロの表情は忘れられないですね。そして過激分子とパウロの間で揺れ動くルカの姿も良かったです。等身大というか、「信仰者のヒーロー」然としていない、市井の人として描かれていました。
小川:パウロの描き方も良かったですね。彼がかつて犯した罪(クリスチャンを迫害してきたこと)を隠さず、真正面からそれと向き合って葛藤する姿が描かれていました。そう考えると、パウロもヒーローではなく、市井の人の一人なんですね。だから私たちに感動がある。
青木:ラストでその葛藤がどうなったかまできっちり描いていますから、クリスチャンの方には大きな励ましを与えることになるでしょうね。
もう一つ私がこの映画で良かったと思ったのは、ローマ総督がパウロをひとかどの人物として見直し、クリスチャンに対する考え方を少しずつ変え始めるところです。ここで天からの奇跡や超常現象が起こって・・・みたいな展開だったらどうしようと思いました。
小川:そこ! 私もそう思いました。やはりあそこで聖霊や神による奇跡がいきなり起こる、という展開だと、一般のお客さんは引いてしまいますよね。
青木:まったくその通りです。クリスチャン映画の醍醐味(だいごみ)として、もちろんクリスチャンの方々が自分の信仰の確かさを再確認する、というのはあります。しかしやはり一般の劇場で公開している以上、ノンクリスチャンの方が観ても面白いと思わせる内容でなければならないと思います。その点、「パウロ」は抑制が効いていました。その上で感動を人々に与える作品となっています。
小川:最後にパウロが総督に言ったあの一言はよかったですね。
青木:はい。それこそ、この映画が一般の劇場で公開されるべき「クリスチャン映画」であることを証明する名シーンでしたね。
小川:多くの方に鑑賞してもらいたい映画です。
「神は死んだのか」(2014年)
青木:逆に「神は死んだのか」を観たノンクリスチャンの友人は、上映後に私のところに電話をかけてきてこう言うんです。「青木さん、あの映画はひどいよ。どうして大学教授を殺さなければならないの? 神に背いた者は裁かれるってこと? それがキリスト教なの?」
小川:ああ、確かにそうですね。映画は一般向けに上映されているのだから、やはりノンクリスチャンでも分かるし、面白いと思えるし、納得できるつくりにしないといけませんね。だからあまりストレートにキリスト教礼賛となる展開はよくないでしょうね。
青木:そうなんですよ。私もあれは米国で鑑賞しましたが、米国のクリスチャンはあのシーンで感動していました。神の正しさを表すシーンと捉えられたのでしょう。しかし私は日本人として、「これは頂けない」と思いました。だってこんな映画を日本人が観たら、私の友人のように引いてしまいますよ。
小川:だから、ストレートではなく、そこはかとなく匂わせたり、物語の背景に聖書的なバックグラウンドがある、と思わせたりするものがいいんでしょうね。
青木:ところで、「パウロ」の大阪での試写会で、いのちのことば社の礒川道夫さんがおっしゃっていましたが、2年前の「復活」「祈りのちから」「天国からの奇跡」というクリスチャン映画3作品、そして昨年の「神の小屋」まで、一応は採算が取れているらしいんですよ。私はそれが一番うれしかったです。
「神の小屋」(2017年)
小川:青木先生は「神の小屋」をどうご覧になりましたか。
青木:これも赦しの物語ですよね。しかも「パウロ」ほど壮大な愛と赦しではなく、個人レベルでの愛と赦し。だからこそリアリティーがあると思いました。
小川:私は、三位一体の聖霊が女性として描かれていたり、父なる(?)神があのような姿で登場したり、かなりチャレンジングな作品だと思いました。そこが良かったんですけど。
青木:その辺りは、神学界でも物議を醸しましたよ。逆にあの作品から神学的視点に議論を持ちこんで、あれこれ言う方々の頭の堅さにびっくりでしたけど(笑)。
小川:この作品もストレートに愛と赦しを訴えていながら、それを普遍的な「愛すること」「赦すこと」という段階まで引き上げていますね。だからノンクリスチャンであっても感動し、理解することができると思います。
青木:はい。私の知り合いの方がこの映画を鑑賞して、洗礼を受ける決心をしました。うれしかったです。でもこの作品には、少しだけ不満もあります。
小川:どんなところが?
青木:かなりファンタジー色が強かったですよね。そうすると、どうしても物語のメッセージよりも、ファンタジーの世界に取り込まれてしまうのではないか、と危惧する一面がありました。もう少しリアルな見せ方があってもよかったのではないかと。とはいえ、この映画で救われた方が実際におられたのですから、文句は言えません(笑)。いい映画でした。(続く)