ワーナー・ブラザース映画の製作室長として、「ハリー・ポッター」「マトリックス」「ラスト・サムライ」「硫黄島からの手紙」など、数多くのヒット映画を送り出してきた小川政弘さん(76)が、自身初となる著書『字幕に愛を込めて』を出版した。高校時代には、地元の映画館で放映される洋画をほぼすべて観るなど、まさに映画少年だった小川さん。ワーナーでは46年半勤め、在職中、実に2千本を超える映画に携わった。本書では、映画と共に歩んだ自身の半生や、字幕翻訳に込めた思いのほか、思い出の映画125本を、製作エピソードや聖書からの視点を交えて紹介している。
小川さんが生まれたのは1941年9月。太平洋戦争開戦の3カ月前だった。家族は父の仕事の関係で東北各地を転々としていたが、終戦前に秋田県本荘町(現・由利本荘市)に移住。小川さんはこの本荘町で青春時代を過ごした。当時は映画全盛期で、人口約3万人の小さな町ながら、町内には映画館が4つもあった。娯楽と言えば映画くらいしかない時代で、数時間でも西欧の世界に浸れる洋画に小川さんはとりこにされていった。
高校卒業後は1年半ほど地元の会社で働いた。しかし上京の夢もあり、何とか映画に関わる仕事がしたいと、当時あった洋画の配給会社のほとんど全社に「仕事がないか」と依頼状を送った。次々に断りの連絡が来たが、最後に望みを掛けていたワーナーから、メールボーイの仕事ならあると返事があった。小川さんはその時のことを次のようにつづっている。
これはラストチャンスだと思い、即座に「はい、行きます!」と返事をして、翌日には勤めていた会社に辞表を出し、3日後にはもう上京というスタイルでした。とにかく映画が好きで好きで、「映画って本当にいいものですね」(映画評論家、故水野晴郎さんの名セリフ、中略)と思いながら将来を夢見ていた田舎の映画青年が、そのあこがれの映画の世界に飛び込んだのです。(12ページ)
一方、小川さんはワーナー入社の1年後に、太平洋放送協会(PBA)のラジオ番組「憩いの窓」を通して信仰を持つようになる。大学進学を考え、ラジオの通信講座を受けていたときに偶然見つけ、聴き始めたという。番組でメッセージを伝えていたのは、聖書キリスト教会の尾山令仁牧師だった。
本書には詳しく書かれていないが、父を早くに亡くした小川さんは、非常に貧しい少年時代を過ごした。さらに、家族の経済的な支えになっていた姉も山の遭難事故で亡くしている。そうした境遇から、自分の人生は、努力しても変えられない何か絶対的なものによって決められているという不幸な運命論にしばられていた。しかし聖書の話を聞く中で、「絶対的な存在」が聖書の神であり、その神は決して人間が不幸な人生を送ることを望んでいないことを次第に分かっていったという。
聖書も購入し、「憩いの窓」を聴き始めて半年くらいたったある晩、次の聖句が非常に心に残った。
わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。(ヨハネ一4:10)
そして神から直に語り掛けられるように「聖書に真理がある。これを信じられなかったら、この世に信じられるものは何一つないのだ」と迫られ、人生で初めて神に祈りをささげた。聖書を心から信じたその翌朝は、もうまったく別の世界だったという。
こうしたことから、ワーナー入社とほぼ時期を同じくして、小川さんのクリスチャン人生が始まった。仕事を通して信仰の証しをすることを考えた小川さんは、所属教会の牧師からの紹介もあり、聖契神学校の夜間部で4年間学び、その1期生として卒業。洋画に必ずと言っていいほど出てくる聖書やキリスト教の話を、字幕を通して正しく、分かりやすく伝えることを自身のミッションとしてきた。本書の「第2部 字幕翻訳考」では、字幕翻訳という専門的な仕事を通して、小川さんがいかに聖書やキリスト教を人々に正しく紹介しようと努めてきたかがつづられている。
本書最大の「売り」は、小川さん厳選の映画125本を紹介する「第3部 思い出のワーナー映画半世紀」だ。本書が約400ページも分量があるのはこのためだ。本書の約4分の3、実に約300ページにわたって、実際に映画に携わってきた小川さんだから知るエピソードを豊富に交え、各映画が年代順に紹介されている。その中でも、次の4作は小川さんが特にお勧めする作品だ。
「エデンの東」(1955年):公開当時中学2年生だった小川さん自身も非常に影響を受けた作品。24歳の若さで彗星(すいせい)のように亡くなった不出世の青春スター、ジェイムズ・ディーン出演の3部作の1作目。タイトルから分かる通り、聖書のストーリーを取り入れた作品で、創世記のカインとアベルの物語がモチーフにされている。「善と悪」という映画のテーマを、小川さんが聖書の話を踏まえつつ詳しく解説している。
「カラーパープル」(1986年):スティーブン・スピルバーグ監督初のシリアスドラマ。字幕翻訳者が3度目の試写でも涙を流したほどの感動作。
「JFK」(1992年):ジョン・F・ケネディー米大統領の暗殺事件に迫った映画。上映時間3時間余りの大作で、しかも本作のクライマックスは、台詞が飛び交うラスト40分の法廷シーン。翻訳しなければならない台詞の数は通常の3倍もあった。しかし公開スケジュールの関係で、製作期間は通常の半分ほど。字幕翻訳者と共に「超綱渡り作業」で仕上げたという。
「コンタクト」(1997年):さまざまなSF映画を観てきた小川さんが、初めて近未来に実際に起こるのではないかと思うリアリティーを感じた作品。
ワーナー人生で携わった2千本の映画の中で最も思い出深い1本を尋ねると、本書で125本目の映画として紹介されている「偉大な生涯の物語」を挙げてくれた。イエス・キリストの生涯を聖書に忠実に描いた作品だ。映画界で働く身として、本格的なキリスト教映画を1つは手掛けたいと願っていた小川さんが、自ら字幕翻訳を手掛けた。映画自体は1965年に全世界で公開され、小川さんは90年にワーナー・ホーム・ビデオで公開される際に関わった。権利の関係で長らくビデオ化できなかった作品で、発売可能リストの中に本作のタイトルを見つけたときの喜びと興奮は、今でも昨日のことのように覚えているという。
2008年に退職してから数年は、忙しくて観られなかった映画を何本も観るなどして、余生を過ごしていた。しかし今は、海外の最新映画の予告編に自前で字幕を付けてネットで紹介したり、「聖書で読み解く映画カフェ」のナビゲーター役を務めたりと、現役時代にも増して多忙な日々を送っている。
本書を手にするクリスチャンには、「映画という世界に遣わされた人間が、『仕事を通して証しをする』ことを模索してきた軌跡として読んでいただければ。また、自分も同じように証しをする人生を歩めるのだと励ましになれば」と小川さん。映画ファンの人には、「思い出の作品を振り返りつつ、その背景にあるキリスト教的、聖書的なものを知るきっかけとしていただければ」と言う。
5月17日(木)には、東京プレヤーセンターで出版記念会を予定している。また19日(土)にはVIPクラブ横浜、7月14日(土)にはVIPクラブ船橋にゲスト出演し、本書をテーマにスピーチする予定。詳しくは下記のイベント告知を。
■ 『字幕に愛を込めて』出版記念会(5月17日)
■ VIPクラブ横浜(5月19日)
■ VIPクラブ船橋(7月14日)
■ 小川政弘著『字幕に愛を込めて』(イーグレープ、2018年3月)