トランプ関連のビギナー書として最適、日米の間に立つ神学者が「分かりやすさ」に配慮した渾身(こんしん)の1冊!
2016年11月の米大統領選以後、ドナルド・トランプ大統領に関する本格的な書籍が次々に発刊されてきた。それまでは泡沫候補の筆頭として、面白おかしく取り上げられてきたトランプ氏だが、当選後は米国の、ひいては日米関係の重要なかじ取りを担う人物として、私たちは彼を見直すことになった。
少し大きな書店へ行けば、「トランプコーナー」とでも呼べるようなさまざまな「トランプ本」が平積みにされている。外交、経済、歴史、ポップカルチャー、自伝、評伝など、どれを手に取ってみたらいいのか、著者たちの立場は多岐にわたる。これだけいろんなものが並べられると、専門家やその分野を専攻している学生以外は、どれを選んだらいいのか正直分からなくなる。玉石混交とはまさにこのことで、ここぞと商魂たくましい出版社が新しい切り口から「ドナルド・トランプ」を売り出している。
そんな中、キリスト者として最もバランスが取れた「トランプ本」が出版された。しかもトランプ・ビギナーにこそ読んでもらいたい良書が、今回取り上げる『分断と排除の時代を生きる―共謀罪成立後の日本、トランプ政権とアメリカの福音派』である。著者は、新潟聖書学院院長の中村敏(さとし)氏。日本の福音派から米国の福音派を語るという、ありそうでなかった立場からの提言となっている。
まず値段が手ごろである。千円前後でここまでコンパクトにまとまったコンテンツを読むことができるのは、時間のない読者にとっては朗報であろう。通勤電車の行き帰りで十分読み上げることができる。
本書は3部構成となっている。基本的に各章が独立しているため、どこから読んでもよく、基本的な構造は各章とも同じである。まず、現代的な事象を取り上げる。例えば第1部では、2017年6月に改正組織犯罪処罰法に新設される形で法制化された「共謀罪(テロ等準備罪)」と戦前の「治安維持法」との類似性を指摘し、日本が再び戦時下の体制へ逆戻り(もしくはさらに巧妙な形で悪化)するのではないか、と警告を発している。
第2部では、現在のトランプ政権と1980年代前半のレーガン政権の類似を指摘し、米国の大統領と日本の総理大臣との関係性を憂慮している。
第3部では、聖書の記述と第1部、第2部で取り上げた現状との対比を行い、イエス・キリストが体現するメッセージ(平和の君、隔ての壁を壊すお方)で締めくくられている。
このように異なる2つの時代、国を見事に対比させ、連関させることで、独立した章立てであるにもかかわらず、一つのメッセージを読み取ったような感覚が与えられる。
さて特に注目したいのは、第2部の「トランプ大統領のアメリカと私たち」である。本章は、トランプ・ビギナーが最も知りたいことがほぼ一問一答式で回答されている点が特徴である。多くの専門家(私もその一端を担っているが・・・)は、このような簡潔な回答を忌避する傾向がある。言いたいことがたくさんあるからだろうが、いろんな前提、諸説、そして予想される反論などを一気にアウトプットする。もちろん数千円の書籍であれば、それに見合うコンテンツを読者も求めるので、単にトランプ政権の話ではなく、そこから敷衍(ふえん)して話が拡大していくことを喜ばしく思う読者もいるだろう。
だがビギナーにとっては、何だか煙に巻かれたような印象を拭いきれないだろう。「知りたいことは、尋ねたことだけ!」という声を私も時々上げたくなる。そういった意味で、本章は「なぜ〜なのか」という言い方で、知りたいことがピンポイントで分かる内容になっている。
「なぜトランプ政権が誕生したのか」
「なぜ福音派がトランプ氏を支持したのか」
「福音派がなぜ共和党およびトランプ政権を支持するのか」
こんな具合である。まさにビギナー用教科書としては、これ以上に分かりやすいものはない。
しかし、単に中村氏が調べ上げた内容をコンパクトにまとめただけではない。そこに著者のこだわりと、どうしても伝えたいメッセージが込められているように感じられた。それは、時々刻々と変化する社会に対し、歴史神学者として、またキリスト者として、自分はどう向き合おうとしているのか、を示すことである。またそれは、キリスト者(主に福音派)はどう判断し、決断すべきか、を大胆に提示することでもある。
これを恐れずに行うことで、不確かな未来に向き合うことを恐れず、大勢に追随することなく、聖書に基づいた確かな一歩を踏み出そうと読者を励ましているのである。
そういった意味で、安倍政権、トランプ大統領など、政治的・社会的分野に詳しくないビギナーの方はもちろんのこと、その分野の専門家であっても、大いに教えられる1冊であることは間違いない。
■ 中村敏著『分断と排除の時代を生きる―共謀罪成立後の日本、トランプ政権とアメリカの福音派』(いのちのことば社、2018年6月)
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