「アフリカの新たなビジョン」をテーマにした国際会議が5月19日、上智大学(東京都千代田区)で開催された。聖エジディオ共同体、上智大学、立正佼成会が共催したもので、日本、イタリア、アフリカ諸国の政府関係者のほか、カトリック東京教区の菊地功(いさお)大司教や、バチカン(ローマ教皇庁)「人間開発のための部署」のシルバーノ・トマシ大司教も登壇した。会議は1日がかりの日程で行われ、約千人が参加した。
アフリカの開発では、1993年に日本が国連や世界銀行などと共催して開催した「アフリカ開発会議」(通称・TICAD=ティカッド)が一定の役割を果たしてきた。本会議は第7回TICADが来年、横浜で開催されるのを前に、政府と民間の新たな協力形態を模索し、アフリカの緊急の課題に取り組もうと開催された。
アフリカにおける「宗教」の重要性
アフリカで政治と宗教、市民社会がそれぞれどのように関わっているかを話し合ったセッションでは、米ジョージタウン大学のキャサリン・マーシャル上級研究員が、アフリカにおける宗教の役割について語った。同大は上智大と同じイエズス会が創設したカトリック系の大学で、マーシャル氏自身は世界銀行で長いキャリアを持ち、現在は世界銀行から発足したNGO「ジョージタウン世界宗教開発対話」(WFDD)の所長を務める。
マーシャル氏は、アフリカが世界で最も信仰心にあつい大陸だとし「宗教団体の活力は驚異的で、変革の大きな推進力になっている」と評価。多くの宗教団体が、特に貧しいコミュニティーに対し社会福祉サービスを提供していることを紹介した。その一方で、過激主義に陥る「極めて悪質な宗教」も存在するという。その上でこれらの問題は、現地の政治指導者や国際機関が、アフリカにおける宗教の重要性を軽視してきたことによる過ちだと指摘した。
TICADの担当大使で日本政府代表を務める岡村善文氏も、コートジボワール大使を務めた経験などから、アフリカにおける伝統部族や宗教団体の重要性を語った。岡村氏によると、アフリカでは「国」という制度自体が新しく、先進国の人々が当たり前と考える社会制度が十分に機能していないことが多い。そうした中、アフリカでは特に伝統部族や宗教団体が生活や家族を守る拠り所としての役割を果たしているとし、平和構築や社会の安定化のために「なぜ力を借りないのか」と問い掛けた。
「私たちは世界から忘れ去られている」
アフリカ現地で活動する人々から話を聞くセッションでは、ガーナで8年間宣教師として奉仕した経験があり、現在はカトリックの慈善団体「カリタスジャパン」で責任司教を務める菊地大司教らが語った。「ガーナは第2のふるさと」と言う菊地氏は、司祭に叙階されてすぐの1986年に、ガーナの首都アクラから車で4時間ほどのアセセワ村に派遣された。ガーナでの生活は電気も水道もなく「日本での常識を完全に捨て去る」もので、マラリアにも何度もかかったという。
村には幾つもの問題があったが、菊地氏が特に心を痛めた問題が2つあった。1つは、医療が整っていないため、日本であれば簡単に治せる病気であっても、多くの子どもたちが死んでしまうこと。もう1つは、貧しさのため多くの子どもたちが中学より上の教育を受けられないことだった。
菊地氏は在任中、日本からの寄付などを基に基金をつくり、村の幾人かの子どもたちを町の高校に送る働きをした。今では基金の奨学金で高校に通い、成長して大人になった村人たちが、今度は自分たちの手で基金を運営し、子どもたちの教育を支援しているという。
ガーナから帰国した翌年には、当時はザイールと呼ばれていたコンゴ民主共和国のルワンダ難民キャンプに、カリタスジャパンから3カ月間派遣された。そこで難民のあるリーダーから言われた言葉が「私たちは世界から忘れ去られている」というものだった。菊地氏はそれから現在に至るまでカリタスジャパンの働きに関わっているが、その原点となっているのがこの言葉だという。
その上で「忘れ去られてしまってもよい人は一人たりともいない。排除されてよい人は一人たりともいない。資金的な援助も必要不可欠だが、人間が尊厳を持ち、将来に対する希望を持って生きていくためには、忘れることなく共に道を歩もうとしている友人がそこに常にいるのだということを、周りの人々が行動をもって示し続けていくことが重要ではないか」と訴えた。
聖エジディオ共同体の働きで救われたHIV感染女性の証し
アフリカ南東部の国マラウイ出身のパセム・カウォンガさんは、27歳の時にエイズウイルス(HIV)に感染していると診断された。感染発覚後、最初にカウォンガさんの頭をよぎったのは「死」だった。当時マラウイではエイズに対する十分な治療を受けられる環境はなく、また治療を受けられたとしても、カウォンガさんには治療費や薬代を支払うだけの収入がなかった。そしてまた家族や友人、地元社会に対して顔向けできないという思いも強くあった。実際にカウォンガさんは、エイズであることが分かると、地元では嘲笑の的となり「拷問だった」というほどの差別を受けた。
エイズが原因で離婚もし、「すべてが終わった」と絶望していたカウォンガさんに救いの手を差し伸べてくれたのが、聖エジディオ共同体だった。同共同体がマラウイで医療を無償提供するプログラムを開始したことで命を取り留めた。感染発覚から13年がたつ現在も投薬が続き、2児のシングルマザーとして「決して楽な人生ではない」と言うが、良い時も悪い時も寄り添い、自身を支えてくれる同共同体は「第2の母」であり「真の友」だと話す。
現在、カウォンガさんは自身が助けられた医療プロジェクトでコーディネーターを務め、HIVの母子感染防止のための啓発活動などを行っている。自身の子どものうち1人は母子感染しており、「こんなことが繰り返されてはならない」「私がロールモデルにならなければ」という強い思いがある。「この仕事は簡単ではありません。十分にトレーニングを積んだ笑顔を絶やさない人が必要です。見返りを求めてではなく、他者のために役立ちたいと心から思っている人が必要です」とカウォンガさん。最後には「皆さんの資源をアフリカに少しでいいので共有してほしい。それは『私の資源』『あなたの資源』ではなく『私たちの共通の資源』。そう考えることでアフリカは初めて変わることができます」と訴えた。
アフリカ白熱教室「宗教は必要か」
会議では、米ハーバード大学のマイケル・サンデル教授による「ハーバード白熱教室」に倣った形式で「アフリカ白熱教室」も行われ、「宗教は必要か」という問いも議論された。
この中で日本・アフリカ連合友好議員連盟会長の逢沢一郎・衆院議員(自民)は「大半のアフリカの国で今一番欲しがっているのは企業の力」と言い、緊急援助も必要だが、海外の民間企業による投資やより活発な貿易を望む声が多いとし、経済的支援の重要性を指摘した。一方、世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会平和推進部長の篠原祥哲(よしのり)氏(立正佼成会主幹)は、国際NGO「オックスファム」の調査として、世界の資産家トップ8人が、世界人口の半数近い約36億人分の資産を有していることを指摘。「経済も大切だが、人がどういう思いで経済を動かすかも大切」とし、「〜すべき」「〜しなければならない」という道徳的なレベルを超えた「分かち合いの心」が必要だと述べた。その上でそうした心を醸成するのが、宗教が担う大きな役割ではないかと投げ掛けた。
すべてのセッションが終わった後には、司会を務めた上智大の学生4人のほか、参加者の中から高校生1人が感想を述べた。司会をした学生4人はいずれもアフリカ留学の経験があり、「先進国のフィルターを通して見ていたことに気付き、そうではいけないと思った」「若者のパワーを感じた。自分の国を良くしたい、自分の国を大事にする気持ちを感じた」などと語った。一方、高校2年の男子生徒は「メディアを通して貧困や食糧問題については知っていたが、現実のことという実感がなかった。人類を一歩前に進めるような話し合いに立ち会うことができて、良い体験をできた」と語った。
会議は最後に、上智大学の佐久間勤理事長と立正佼成会の川端健之(たけし)理事長が「共同の呼び掛け」を読み上げ、幕を閉じた。