突然の「プロレス引退宣言」から約1年間の休業。多くの方の励ましや助けを得て、悩み苦しんだ時期を乗り越え、休業期間が終わる寸前、「プロレス復帰」へと再びAの心が向かい始めた1999年12月、蝶野さんが、自宅のクリスマスパーティーにご招待してくださいました。
うれしくて、2人で差し入れのお菓子やプレゼントを買いに出掛けました。冗談を言い合いながらの楽しいショッピング、久しぶりに幸せを感じるひと時でした。
初訪問の蝶野家。それはそれは、ため息が出るほど素敵なお宅でした。モノトーンで統一された、おしゃれモダンなインテリアは、まるでモデルルーム!ご夫妻もインテリアに合わせ、シックなブラックコーデと完璧!感動の連続でしたが、一番驚いたのは、招かれたのが私たち2人だけだったことでした!以前、「Nちゃん(Aのニックネーム)のことは心配しないで任せて」と電話で言われたことを思い出し、「Aの復帰に関して、何か話があるのかも?!」と感じました。
おいしいディナーと、プレゼント交換を楽しんだ後・・・蝶野さんから、「来年(2000年)、新ユニットを立ち上げる」というお話がありました。それが、「TEAM 2000(チーム・トゥーサウザンド)」でした(乗っ取られた「nWoジャパン」を倒すために結成したヒールユニット)。
蝶野さんもまた、首の負傷で長期欠場、復帰に向けて準備をされていた頃で、「立ち上げメンバーに参加してくれないか?」と誘ってくださったのです。その思いを聞いたAは感銘し、「お役に立てるなら!」と快諾。復帰に向けて、一歩大きく前進しました。これは、神様からのクリスマスプレゼントだったのかもしれません。
いよいよ、復帰に向けての本格的な準備が始まりました。約1年ぶりの復帰ですから、「よりインパクトのある登場を!」と、まずリングネームを変更、黒髪を金髪に変え、登場コスチュームは、劇団「新感線」(古田新太さん所属)のデザイナー・竹田団吾氏に依頼したデコライティブで、近未来戦士を思わせる黒レザーベスト、顔には特殊メイク的「バットマン・ロビン」風黒アイマスクといういでたち。まるで、アメコミから飛び出したキャラクターのごとく「大変身!」を遂げました。 欠場前に属していた「平成維新軍」(和武道テイストの赤柔道着)からは想像もつかぬ、大胆なマイナーチェンジでした。
迎えた復帰戦は、積雪の北海道で。試合中盤、劣勢になった蝶野選手を助けるべく、突如参上した金髪のマスクマン!素早くリングインするや、見事な空中戦を展開!そのファイトスタイルに、実況席も観客もすぐAだと分かり、場内は騒然!ブランクを感じさせない動きに、実況コメンテーター・マサ斎藤さんも好評価。試合も見事勝利し、その後も快進撃を繰り広げました。試合後のインタビューで、蝶野さんがAを「ムービースターだ!」と言ったことで、以降、それがAの「キャッチコピー」となりました。
選手契約も、プロレスと俳優を両立できるようにしていただき、年間試合数が減った分、年俸も減りましたが、「二足のわらじ」生活は、Aを生き生きとさせました。プロレスリングでは「TEAM 2000」として蝶野さんたちと大暴れ、初のフィギュア!も製作されました。俳優としては、東映「仮面ライダークウガ」(オダギリジョー主演)・サザンオールスターズのミュージックPVなどに出演、また、さまざまな舞台のお仕事も頂き、プロダクションの勧めで、ハリウッド帰りのアクティングコーチから演技指導を受け、演技力も向上していきました(私も一緒に受け、この時の経験が現在、アクティングコーチの仕事にとても役に立っています)。
物事が順調にいくと、神頼みをする気持ちが薄れ、「X」(墓参り信仰の宗教)から足が遠のき始めていました。そのまま切れていたら、後の大惨事も起こらなかったのでしょうが・・・「X神」は、私を引き戻そうと、新たな「暗雲」を夫婦関係に解き放ってきたのです。 最初の離婚危機でした。
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