東京都の大田区産業プラザで9月23日、恒例の「クリスマス見本市&キリスト教ブックフェア」(主催:日本キリスト教団出版局・日本キリスト教書販売)が開催された。午後2時半からの展示会と即売会を前に、別室では「がん哲学外来」理事長、順天堂大学の樋野興夫教授の講演会が行われた。小雨が降り続く平日の昼間にもかかわらず、会場はほぼ満席となり、昨今の「がん哲学」に関する関心の高さをうかがわせた。
日本では、毎年新たに約100万人ががんに罹患するとされ、現在では約530万人ががんを患っているといわれている。しかし、5年生存率は6割を超え、「がんは『怖い』病気から『共存する』時代になってきている」と樋野教授は話す。
一方で、日本の医療現場を見るとき、「馬の上から花を見る。馬を降りて花を見る」といった例え話を用い、「日本の医者は、『馬の上から患者を診ている』のではないか。馬を降りて患者の目線で診療をしている医者が少ないのでは。医療は患者の境遇を問うてはならないといわれている。たとえ、目の前に殺人を犯した患者がいても、その人の命を救うのが医療。しかし、この医療を志す医師が慢性的に不足している。こうした過酷な医療環境も『三分診療』といわれる原因につながっているのでは」と話した。
また、医師になる過程において医学部では、「対話学がない。対話学がないから、医者は患者との対話に慣れていないのでは。パソコンの画面から顔を上げず、患者にとってどこか不満が残るのも、こうしたことが原因の1つなのだと思う。この現状を踏まえ、診察室でじっくりと『対話』ができない医師に代わり、街中に出て行って『がん哲学外来』を開こうと思った」と樋野教授は「がん哲学外来」を始めるに至ったきっかけを話した。
少子高齢化社会の今、認知症も大きな課題の1つになっているが、イタリア、米国では「認知症とがんは相関するか」といった研究が進められているとのこと。樋野教授が講演先で「認知症とがんになるなら、どちらが良いか?」と聞くと、どの会場もたいてい答えは半々になるという。「おそらく、『認知症がいい』と答えた人は、認知症介護の経験がない人なのでは…と推測する。どちらが良いと考えるかは人それぞれ」と話した。
「がん哲学外来」を開くきっかけとなったもう1つのエピソードとして、東京大学総長だった矢内原忠雄が引退時に「悩める東大生のために、本郷通りにカフェを開きたい」と話したことを挙げた。矢内原は、その後胃がんに倒れ、夢果たせず、この世を去った。
なぜそのようなことを言ったのか…。樋野教授によると、矢内原が第一高等学校の学生だった頃、校長の新渡戸稲造は、「悩める学生にとって、校長室は敷居が高いだろう」と話し、毎週木曜日の午後、学校の隣にある空き家を借りて、カフェを開いていたというのだ。
また、「天国でもお茶を飲むことができると、聖書の黙示録には書いてある。また、なぜがん患者当事者が街中でカフェを開くのか…。その答えはイザヤ書にある。『わたしを遣わしてください』という御言葉が成就するためではないだろうか」と話した。
最後に、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の最後の一文に注目し、「そういう者に私はなりたい」の「そういう者」とは誰か…と会場に問い掛け、「それはおそらく花巻市で宮沢賢治の小学校の先生であった斎藤宗次郎ではないかといわれている」と答えた。
斎藤宗次郎は、内村鑑三の弟子となり、クリスチャンになった。クリスチャンになったことで花巻市の住人からは「国賊」扱いされ、教員の職を失った。当時9歳であった娘は、「国賊の子」といじめられて腹を蹴られ、腹膜炎を起こして死亡した。職も子どもも失った斎藤は、それでも寡黙に毎朝新聞配達をして生計を立てた。
東京にいた内村が秘書として斎藤を呼び寄せたとき、花巻の駅には、大勢の人が彼を見送りに来ていた。娘をいじめた人たち、近所の人々も皆、斎藤を送りに駅に集まり、その中に若き日の宮沢賢治がいたといわれている。
「がんは病気であっても病人ではない。病気も個性と捉える時代に」と話し、講演を締めくくった。
会場からの質問として、教会で「がん哲学外来メディカルカフェ」を立ち上げたい場合、どのような立場の人が行うのが良いか、また注意点などを教えてほしいとの声があった。
樋野教授は、「現在、教会でカフェを開いているところは、牧師が開いたり、信徒であったり、その教会の役員だったりと立場はバラバラ。始まる前にお祈りをして、献金をするところもあれば、全くやらないところもある。主催者がノンクリスチャンのがん患者である場合もある。注意点としては、カフェに来るほとんどがノンクリスチャンであるということを覚えておくこと。ある教会のカフェでは、信徒が熱心に聖書の話をしたり、『聖書を読みなさい』と勧めたりしていた。カフェがどういう場であるかを理解した上で開くこと。教会は『空っぽの器』であり、そこに水を注ぐのはカフェに来た人であるということを忘れないでほしい」と答えた。
午後2時半からは、40社を超える書店やクリスチャン企業の展示即売会があった。遠くは北海道からの出展もあり、会場は多くの人でごった返した。
北海道のキリスト教書店スタッフは、「毎年、この会を楽しみにしている。販売だけを目的にしているのではなく、多くの方と交わりができ、感謝だ。北海道は土地が広いのに対し、キリスト教専門書店が少ないので、配達業務をしながら、北海道各地を回っている。中には、教会のない小さな地域もあるので、伝道の一助になればと回ることもある」と話した。
「クリスマス見本市&キリスト教ブックフェア」は、来年も開催の予定。