聖路加国際病院相談支援センター主催のがん診療連携拠点病院市民公開講座が9日、聖路加国際大学(東京都中央区)で催された。1回目となる今回は、「がん哲学外来」の提唱者である順天堂大学医学部教授の樋野興夫(ひの・おきお)氏と、同院名誉院長の日野原重明氏を招いての特別講演が行われ、患者自身だけではなく周囲の人々も癌(がん)にどう向き合い、どのようにして患者と共に生きていくかが語れらた。講演会の後には、樋野氏と同院腫瘍内科部長の山内照夫氏との対談も行われた。
全国健康保険協会によると、現在日本人の2人に1人は癌にかかり、そのうち3人に1人が死亡しているという。癌は治る病気とされている一方で、死亡率もかなり高く、さらに再発の可能性も大きい。そのような癌と一緒に生きることを真正面から取り組む樋野氏は、対話型外来である「がん哲学外来」を2008年に開設し、現在「メディア・カフェ」としてその働きが全国に広がっている。
がん哲学外来とは、生きることの根源的な意味を考えようとする患者と、癌の発生と成長に哲学的な意味を見出そうする人との対話の場。一般的な癌相談やセカンドオピニオン相談とは違い、診察室ではなく病院外に設けたメディア・カフェと呼ぶ場所でお茶を飲みながら、患者やその家族の話に耳を傾ける。
がん哲学外来のモットーは、「暇げな風貌」と「偉大なるお節介」。忙しさを感じさせないゆったりした雰囲気の中で、患者の苦しみやつらさにじっくり耳を傾ける。話に共感することで、患者は笑顔を取り戻し、癌であっても自分の人生を生きることができる、と樋野氏はこれまでの経験を話す。また、話を聞くときに欠かせないのが「お茶」だと樋野氏は言う。「人間は沈黙が続くと話し出すが、その沈黙を耐える間のお茶は欠かせない」と話し会場の笑いを誘った。
がん哲学外来の背景には、樋野氏が尊敬する先人たち、内村鑑三、新渡戸稲造、矢内原忠雄、南原繁、そして元癌研究会研究所長の吉田富三の存在がある。彼らの言葉は、がん哲学外来を研究する樋野氏の支えとなっている。言葉は患者をも励ます。例えば、「人生に期待する」ではなく、「(あなたは)人生の方から期待されている存在」だと言えば、困難にあっても落ち込むことはなくなる。自殺を試みた患者に「人は最後に死ぬという大事な仕事が残っている」と伝えたことで、生きる力を取り戻した人もいるという。
「希望は、明日死ぬとしても、目の前にある花に水をあげる行為へと導く」と樋野氏は言う。さらに、「自分の命より大切なことがあることは、役割意識と使命感を自覚させる」と、がん哲学外来が人間学であり、医療の枠を超えたものであることを示唆した。
樋野氏の講演に続いて登壇した日野原氏は、「がんになってからの生き方」というテーマで話した。日野原氏によると、癌は今、種類によって6割近くは治る病気になってきているという。ただし、癌の特徴は、肉体的、精神的、スピリチュアル的、社会的苦痛を伴う全人的苦痛(トータルペイン)の病であることを指摘した。その上で、癌になってからの生き方として、「生きる希望を持つこと」を挙げた。人間は将来において希望があるからこそ生きられるのだという。
話の中で日野原氏は、精神科医の神谷美恵子や、ホスピス運動に影響を与えた英国人医師シシリー・ソンダース、哲学者ソクラテスの言葉を通して生きることについて語った。その中で最も力を込めて話したのは、「生き方を変える」ということ。「動物は走り方を変えることはできない。鳥は飛び方を変えることはできない。しかし、人は生き方を変えることができる」ことを信じてほしいと訴えた。
最後に日野原氏は、命というのは、長さだけでなく、いかに深く生きるかということに大きな意義があると語った。
講演後の対談で、腫瘍内科が主導するオンコロジーセンターの働きについて、腫瘍内科部長で同センター長の山内氏が説明した。同センターは、外来での抗癌剤治療を集約して行っている。癌を発症し、たとえ死が間近に迫っていることが分かっても、患者は生きていることには変わりがなく、その生きている瞬間を感謝して、喜んで生きていられるよう手伝っているという。その中で、患者が最後まで生き続けたことの証しとなることが、医師としての喜びだと語った。
この日、会場は350人もの人で埋め尽くされた。今回の市民公開講座は、先着順の申し込み制だったが、人気が高く、早くから定員に達して申し込みが締め切られるほどだった。質疑応答の時間でも、「メディア・カフェをやりたい」といった声や、「病院での診察時にどういうことを医師に伝えたらいいのか」といった質問、また看護師から現場についての話があるなど、活発に質問や意見が出された。第2回の開催は近日中に告知される予定。