日本人の実に3人に1人が亡くなる病――癌(がん)。様々な研究が進み、一面では「治る病気」となりつつあるが、患者やその家族は様々な形で死と向き合う大きな病だ。一方、医学的な治療だけで手一杯になってしまう医療現場は、死に直面するがん患者やその家族の心のケアまでは手が回っていない現状がある。こうした「隙間」を埋める働きとして、順天堂大学医学部の樋野興夫教授が「がん哲学外来」という働きを行なっている。
2008年にスタートしたこの働きは、がん患者やその家族らが対話できる場「メディカル・カフェ」として全国的に広がり、今では北海道から九州まで約40カ所でこの対話の場が持たれている。テレビやラジオ、新聞など様々なメディアでも取り上げられ、今は働きを担う人材育成のためにコーディネーターの養成講座も開設されている。
今月6日には、新しいメディカル・カフェが東京の新宿・百人町にもオープンした。カフェの会場は今年創立110周年を迎える淀橋教会。午後には開所セミナーが行なわれ、樋野氏自身が講演した。
樋野氏は初め、科学的なデータやがん科学の歴史から、がんを医学的に紹介。しかし、その中からも、「がんは、ちょっとしたボタンの掛け間違いが、20、30年後にひびいてくるもの。教育も同じ」「がん細胞は、本来の役割を見失って、真の目標を失った細胞集団。がんを直すことを一言で言えば、不良息子を直すこと。不良息子は本来の使命を見失っている。それを戻してやること」などと、がんの特徴を人間社会に当てはめながら語った。
「がん細胞で起こることは人間社会でも起こる」というのが、がん哲学の考え。これは、世界で初めて肝臓がんの人工発生に成功した病理学者・吉田富三(1903~1973)の考えをもとにしたものだ。さらに、新渡戸稲造、内村鑑三、南原繁、矢内原忠雄といった先人たちの知恵、哲学を融合。樋野氏は「がん哲学外来は、(樋野氏を含め)この6人のチーム医療」だと言う。この働きを始めた当初は何を言ったらよいか戸惑うこともあったと言うが、こうした先人たちの言葉が、樋野氏自身、またがん患者やその家族にとって支えとなってきた。
メディカル・カフェは、1)他人の必要に共感すること(自分を押し付けない)、2)暇げな風貌(忙し過ぎない)、3)速効性と英断(いいと思ったらすぐ実行)、を方針3カ条として掲げているが、これらも新渡戸稲造の基本精神などから考えたものだという。
樋野氏はこの他、「病気は誰でも起る。病気であっても、病人ではない社会を作る必要がある。病人は自分が病人だと思うから病人になる」「(他人を)支えようと思うからできない。しかし、子どもでも象に寄り添えるように、寄り添うことはできる」「会話は言葉によるから時には人を傷つける。しかし、対話は心と心を開くもの」などと述べ、これまで1000組以上のがん患者や家族と対話してきた経験から多くの含蓄ある言葉を語った。
樋野氏の講演後には、各テーブルに別れてのカフェタイムが持たれた。4、5人がお茶と菓子を楽しみながら対話した。中には、「こんな機会でもないと言うこともなかったけど」と言いながら、涙ながらに体験を語る人の姿も。樋野氏と個人面談する人もおり、カフェタイム後には数人が感想を語った。
最後に樋野氏は、今の日本では困った人を助ける人はいるが、自分がその身になったときには相談や助けを受けたくないという人が多いと指摘した。さらに、これは教会でも同じと言う。「今、日本の教会の中で一つ起っていることは、教会でがん患者が出たとき、そのがん患者が自分の教会でゆっくりと話せる場が少ないこと」と言い、教会内での「対話の場」の必要性を語った。
その上で、「こういう一つのテーブルに座って、いろんな人の話を聞いたり、話したりする場の訓練が必要。これが日本社会にすべて必要。教会だけじゃない、いろんな社会に。この淀橋教会はその一つのモデルになれば」と語った。
淀橋教会でのメディカル・カフェは、今後毎月1回のペースで開かれる予定。年内は12月までの5回全てで樋野氏が講演する。参加無料。事前申込不要。ただし、樋野氏との個人面談を希望する場合は、各回の3日前までに事前予約が必要。個人面談の予約は、同教会(電話:03・3368・9165、メール: [email protected]、担当:中村和司牧師、市川牧子牧師)まで。淀橋教会へのアクセスはこちら。
■ メディカル・カフェ(会場:淀橋教会)の今後のスケジュール
8月17日(日)午後1時半~午後3時半
9月28日(日)午後3時半~午後5時半
10月30日(木)午後1時半~午後4時
11月27日(木)午後1時半~午後4時
12月18日(木)午後1時半~午後4時