第40回日本カトリック映画賞の授賞式と上映会が5日、なかのZERO大ホール(東京都中野区)で行われた。SIGNIS JAPAN(カトリックメディア協議会)が主催する日本カトリック映画賞は年に一度、キリスト教の愛の教えに基づく福音的な映画を選び、その監督に贈られる賞で、今年は河瀬直美監督の「あん」が受賞した。授賞式には、主演の樹木希林さんが出席した。
河瀬監督は、1997年に初の劇場映画「萌の朱雀」でカンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を史上最年少で受賞し、鮮烈なデビューを果たし、2007年には「殯(もがり)の森」でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞。13年には同映画祭にて日本人監督初の審査員を務めるなど、世界を舞台に活躍する。
映画「あん」は、とあるどら焼き屋「どら春」を舞台に、人生を見失っていた店長(永瀬正敏)や、常連客の中学生(内田沙羅)らが、あんこ作りの名人で元ハンセン病患者の徳江(樹木希林)との出会いによって、生きる意味を見いだす姿を描いていく。ハンセン病に人生を翻弄(ほんろう)されながらも、「何かになれなくても生きる意味はある」という徳江のメッセージがいつまでも心に響く現代の名作だ。
授賞式では、SIGNIS JAPAN顧問司祭でカトリック多摩教会主任司祭の晴佐久(はれさく)昌英神父があいさつに立ち、「あん」の受賞理由を語った後、主演の樹木希林さんが都合で出席できなかった河瀬監督に代わり、表彰状と記念の楯を受け取った。晴佐久神父は、「私たちは『何かにならなければいけない病』に冒されている。でもそんな時に徳江さんが現れて、『何もならなくてもいい、今ここで生かされていることを私たちが受け止められれば、もうそこは天国だ』、そんな思いを起こさせてくれるこの映画は、日本カトリック映画賞にふさわしいと思いました」と語った。
晴佐久神父は、「カトリック」が「普遍的」という意味を持つことを伝え、「いつでも、誰にでも、どんな時にでも通用する透明な神様が、全ての人を望み、愛していて、『あなたがそこにいるだけで私は本当にうれしい』とおっしゃってくださる。このような普遍的な神様を信じているのが、われらがカトリック教会」だと話し、「まさに徳江さん、店長さんは、試練の中にありながらも『今ここにいる』ということをしっかりと私たちの中に見せてくれる。この映画を通して、今ここに座っていることが素晴らしいと思える」と映画「あん」が持つ力を絶賛した。
上映会、授賞式に続いて樹木希林さん、オフィシャルアドバイザーの観世あすかさん、晴佐久神父、そして特別ゲストとして『あん』原作者のドリアン助川さんによる座談会が行われた。映画「あん」は、大々的な宣伝を打たなかったにもかかわらず、日本では50万人が映画館に足を運び、昨年のカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門のオープニング作品として公式上映され、上映後はスタンディング・オペレーションが10分近く続いたという。
樹木希林さんは、河瀬監督について、日本人には珍しく、生まれ育った奈良で映画を作り続け、その映画は世界に広がっていると伝えた。「普通の監督では撮らないような光とか空気とか温度とかを映像にしていく。今回も、小豆をひとつかみ持ってきて、『小豆の声を聞いてください』とポケットにいれる、そういうものを大事にしている」と話す。
また、一般の日本人には見られない「強さ」も感じると、河瀬監督の才能を称賛した。出演者のエピソードや、カンヌでの話など、ユーモアたっぷりに話し、会場は大きな笑いに包まれた。カンヌには、原作のモデルにもなった元ハンセン病患者の森元美代治・美恵子夫妻も会場を訪れたという。
晴佐久神父が「最後のシーンで、『自分の存在には価値がある』と言う徳江さんが、光の中で輝いていて本当に素晴らしかった」と話すと、樹木さんは、「原作を読んだときに、不自由な中で何十年も暮らさなければならなかった徳江が、だんだん解放されて自由になっていく一方で、自由を持ちいつでも自分を解放できる14歳の女の子や、中年の男性が自分をしばっていく姿がつらかった。最後のシーンでは、この映画が、そういう人たちが自分の考え方を変えていくきっかけにになればいいなという思いだった」と明かした。
この映画の普及に当たっての立役者となった観世あすかさんは、「素晴らしい原作が、言葉の壁、国境の壁、宗教の壁を超えて映画という翼を得て、皆さんの心に響き、その隅っこに一緒にいられる幸せをかみしめている」と話した。原作者のドリアン助川さんは、原作の『あん』が先月末フランスでの外国人小説部門で第1位になったことを紹介されると「この本では『誰でも、宇宙は、あなたが生まれる前から待っていた』ことを伝えたかった」と述べ、また、欧米では、先進国の日本で1996年に「らい予防法」が廃止されるまで、隔離政策が堂々と続いていたことに驚かれていると、日本におけるハンセン病への差別についても言及した。
この日、出席できなかった河瀬監督は、ビデオレターで受賞の喜びを語った。画面いっぱいに写し出された河瀬監督は、「この映画に込めた思いが会場に存在していると思うと感無量」だと伝えた。そして、「映画は、スクリーンにその姿をとどめることができるが、実際の私たちはいつかいなくなってしまう宿命」「それでも、そこにその人がいたんだというその記憶を次の世代につなげていくことで、人としての大切な思いが、この先の人類にも伝わることを私は夢見ている」「これからも大切な思いを込めた映画を1本1本作っていきたい」と語った。
今年で40周年を迎えた日本カトリック映画賞だが、今後の活動にいて晴佐久神父は、「これからも地道に一つ一つ選んでいく。また、カトリック映画賞は単なる映画選びではないので、上映会を通して福音が普遍的な価値として広がっていければと思っている。今年のような大ホールで来年も開催していきたい」と話した。
授賞式と上映会に参加したカトリック信徒の60代の女性は、「映画を見たのは2度目だが、今回もやはり素晴らしかった。カトリック映画賞にふさわしい作品だと思う。授賞式もいろいろな話が聞けてとてもよかった」と感想を語った。