1987年にアカデミー賞外国語映画賞を受賞したデンマークの名作映画が、27年ぶりにデジタル・リマスター版として公開された。1870年代のデンマーク、ユトランド半島の海辺の小さな村を舞台に登場するのは、村人たちに慕われた牧師の娘である老姉妹2人と、メイドのバベット、そしてそれを慕う素朴な村人たちだ。
この映画にびっくりするのは、1時間44分のほとんどが賛美歌を歌うのと晩餐の食事のシーンだけでできていること。それでいてなんだかほっこりしてしまうような魅力にあふれている、とても優しく愛らしい物語だ。
村人に慕われた牧師を父に持つ姉妹マチーネとフィリパは、若い頃からとても敬虔な信仰の中で暮らしてきた(なにせ名前も牧師である父が、マルティン・ルターと、ルターと共に宗教改革に尽力した、フィリップ・メランヒトンから名付けたのだ!)。若い頃にはたくさんの男性に慕われたが、信仰があついあまり、結局誰とも結婚することなく年を取り、穏やかに暮らしている。
そこに、フランスの動乱(パリ・コミューン)で家族を失った、パリのレストランの名シェフだった女性(バベット)がやってきて、メイドとして仕えることになる。そして、ひょんなきっかけからバベットは牧師だった姉妹の亡き父の生誕100年の記念式に、村人のために豪華なディナーを計画するのだが―。
原作はカレン・ブリクセン(1885~1962年)が、イサク・ディーネセンのペンネームで書いた小説。彼女の『アフリカの日々』は、メリル・ストリープとロバート・レッドフォード主演で「愛と哀しみの果て」として映画化され、アカデミー賞作品賞を受賞している。デンマークを代表する小説家で、現在のデンマークの50クローネ紙幣に肖像が使われている。
家で信徒が集まり賛美歌を歌うシーンからは、まだ自由主義神学も聖書の高等批評も及んでいない1870年代の、素朴なルター派教会の信仰の様子が伝わってくる。敬虔で清潔で穏やかで平和で、でもちょっとしゃちほこ張って窮屈そうな(笑)、プロテスタントの信仰のシンプルで一番大切なものが感じられ、心が洗われるような気持ちになる。
そしてこの映画の一番の見どころは、なんといっても後半の晩餐シーンに出てくる料理! どれもこれももう本当においしそうでたまらない! ツグミの石棺パイに、ウミガメのスープ、白ワインはブーブ・クリコのビンテージなどなど・・・スクリーンを見るだけで食べられないのが切なくなるほど。パンフレットに「空腹時のご鑑賞にはお気をつけください」と書いてあるのも納得だ(笑)。
ところが質素を旨とする敬虔で禁欲的なルター派の村人たちは、ストイックそのもの。「口というものは神様を褒めたたえるためにあって、贅沢な食事を楽しむためではない」「美食を味わうなんて“サタンの供宴”になってしまう。舌で味わってはだめです」と食事の前に真剣な顔で話し合っていたりして、そのギャップがとてもおかしい。この辺りは、フランス人でカトリックのバベットと、プロテスタントのカルチャーギャップを皮肉っているのかもしれない。
「おいしい!」と叫びたいのを我慢して無表情で食べる村人たちも、次第に頬が緩むのを抑えきれなくなる。それを見ながら、いつの間にか聖書の中のカナの婚宴や食事のシーンを思い出してしまう。聖書やキリスト教においては、「食べる」ということはとても大切にされている。
それは本来、同じ信仰を持つ兄弟姉妹と喜びながら、神様に感謝し、おいしく楽しく食べるということ。おそらく、イエスも同じように弟子や人々と食事をとったに違いない。そして、その食事を作った人は、豪華ではなくてもバベットと同じように心を尽くして料理したに違いない。
1時間44分のそれほど長くない映画だが、ほっこり優しくなり、クリスチャンとしていろいろなことを教えられる佳作だ。
■ 映画「バベットの晩餐会」予告編